スパダリドクターの甘やかし宣言
「ごめんね、聞いちゃってて……」
「えっ、あ、いえ、その……」

 赤羽さんの隣に腰掛けると、彼女は目線をあちこちに彷徨わせて、それから俯いて黙り込んでしまった。私も彼女を見つめ続けているのは気まずくて、テーブルの上に置かれた、赤羽さんが食べたであろうサンドイッチのフィルムゴミへ視線を落とす。
 体が無性にむず痒い。口を開いてはみるけれど、上手い言葉は見つからなくて、また閉じる。
 それを繰り返していると、「あの……」とかき消えそうなほどの小さな声が横から聞こえてきた。
 
「実は私、水瀬さんのこと、正直怖いなって思ってたんです……」
「そっ、か……」

 知ってたよ、という言葉が喉元まで出かかって、私はそれをなんとか飲み下した。
 ただ、知っていたとはいえ、面と向かって言われると心にグサッとくる。乾いた笑みを貼り付けて、血が滲む傷口の痛みを誤魔化すしかない。

「私、看護実習で怒られたことなんてなかったんです。だから、この病院で働き始めてから水瀬さんに毎日怒られて、すごいショックで……」
「えっ?!お、怒られたことなかったの?!」
「……はい」
「一度も?!」
「…………はい」

(う、嘘でしょ……)

 たとえどんなに学校内での成績が優秀でも、実際の現場では教科書通りに物事が進むことはまずない。そんな中で初めて現場に立つ看護実習生がテキパキ動けるわけはないし、ミスこそしなくても何かしらの理由で一度は誰でも怒られているはずだ。
 正直なところ、普段の様子を鑑みても、赤羽さんが類のないほど優秀だとはとても思えないし。

 驚愕の事実に唖然としていると、向かいに座る恭介が苦笑を漏らしていた。

「赤羽さんは、赤羽中央病院の院長のお孫さんだからさ。実習先もお祖父さんの病院だったらしいから、大切にされてたんだと思うよ」
「そうだったんだ……」

 要は甘やかされていたらしい。
 実習先ではチヤホヤしてもらっていたのに、いざ就職したらいきなり毎日叱られるようになってしまったのだ。さぞかし私は鬼のように見えただろう。……釈然としないけれど。
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