スパダリドクターの甘やかし宣言
 夜勤のナースへ申し送りも終え、業務を終えたのは十八時を回った頃だった。
 帰る間際に、リップだけでも塗り直そうと職員用トイレへ行くと、中から声が聞こえてきた。

「は〜、ショックだなぁ。御室先生、彼女いたんだぁ。狙ってたのに……」

 赤羽さんの声だ。
 昼間と同じような場面にまた居合わせてしまって、ちょっとゲンナリする。
 
「同業って言ってたね。ナースなのかな?それか他科の女医さんとか?」
「女医さんじゃない?なんかすごい似合いそう。そうそう、そういえばさ。今日私が御室先生と話してたら、水瀬さんがすっごい怖い顔で睨んできたんだよね〜。水瀬さんも、御室先生のこと狙ってたんじゃないかな〜?」
「ちょっと由依!」

 赤羽さんと同期のナースの子の焦った声も聞こえてくる。
 また私の悪口……。
 辟易して、踵を返そうとしたけれど、それよりも先に赤羽さんの声が耳に飛んできた。

「水瀬さんも顔はそこそこ綺麗なんだけど、性格がね〜。あんな怖いんじゃ、御室先生も絶対お断りだと思う」

 ケラケラと笑う赤羽さんに、私は苛立ちを誤魔化せなくなった。
 確かに赤羽さんに対しては褒めるより、叱ることの方が多いのは事実だ。でもそれは彼女がミスをするからだし、叱ったとしても感情的に怒ったことなんて一度もない。
 いくら嫌いだからって、ここまでボロクソに言われる所以はないはず。

 私は迷わず、そのままトイレへと突き進んだ。

「赤羽さん、あんまりそういうこと職場で言わない方がいいよ。誰が聞いてるか分からないから」

 冷え冷えとした声でそう告げると、トイレの鏡の前で化粧直しをしていた彼女たちは揃って顔を真っ青にしていた。

「す、すみません……」

 洗面台の横に広げていた化粧道具を片付けて、彼女たちはそそくさとトイレを出て行く。
 さほど広くもないトイレには私一人が残されて。洗面台に手をつくと、ハァーと大きくため息をついた。

「私、そんなに怖いかなぁ……」

 鏡に映るのは、勤務終わりで少しやつれた自分の姿。ショートボブの黒髪はところどころ絡まっているし、化粧は落ちかけ。
 バッチリ化粧をして小綺麗にしている赤羽さんとは大違いだ。
 だから鬼気迫って見えるのかも?とはいっても、仕事中悠長に化粧直しをする時間なんてないので、どうしようもないのだけれど。

 ため息がまた一つ私の口からこぼれ出た。
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