スパダリドクターの甘やかし宣言
 病院を出て私が向かったのは、駅ではなく近くのバッティングセンター。青色のテント屋根をくぐり、受付前の販売機で一ゲーム分のコインを購入する。

「いつもありがとねー」

 週に二回は通っているので、受付のおじさんとももう顔見知りだ。挨拶をして、空いているバッティングスペースに入る。備え付けの二本のバットのうち、軽い方のバットを選んで打席に立つ。
 
 機械にコインを入れ、選択ボタンを押して一番遅い球速を選ぶ。バットを構えてほどなくすると、ボールが飛んできた。
 狙いを定めて、ブンっとバットを振るう。
 ボールは見事にバットに当たり、気持ちのいい金属音がしてボールが対岸のネットへ飛んでいった。

 最初の頃は全くバットにボールが当たらなかったけれど、通い始めて一年が経つ今では滅多に空振りすることはない(球速が一番遅いのは置いておいて)。
 次々に飛んでくるボールを打ち返していると、頭の中で赤羽さんの声がリフレインしてくる。

 ――また、鬼に怒られちゃったんだけど。
 ――本当にパワハラえげつない。
 ――あんなに怖いんじゃ、御室先生もお断りだよね。

 赤羽さんの言葉を打ち消すように、思いっきりバットを振るう。カキーン!と爽快な音と共にボールが飛んでいく様を見ると、胸に巣食っていた鬱屈とした気持ちも一緒に飛んでいくようだった。

 一ゲームは二十二球。最後の一球を無事打ち終えたところで、背後から「ナイスヒットー」とゆるいかけ声が飛んでくる。

「恭介……」

 振り返ると、見学者用の窓から御室先生――もとい恭介が顔を覗かせていた。
 バットを置いて、私もバッティングスペース横の待合スペースへ戻る。
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