『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
『ルシスに残る』
『元の世界に帰る』
私の目の前に、見えないはずの選択肢が見えた気がした。
正確に言えば、現れてはいけないはずの選択肢が――見えた気がした。
「私は、元の世界に帰るつもり」
美生に倣って、私も一言一言丁寧に言葉にする。
自分に言い聞かせる意味もあった。これもきっと、先程の彼女と同じだろう。
「……彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?」
私とは違いさらに問いを重ねた美生に、また思考が停止する。
『彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?』
彼女の台詞を反芻し、
(あ……ああ、夢、ね)
そして私は知らずに詰めていたらしい息を吐いた。
次いでそれとは別の理由でまた息を――溜息を吐く。
今自分は、夢について尋ねられたはずが『ナツメと離れてもいいのか』について考えてしまっていた。そうしてしまった理由は、さすがにもうわかっている。
(私は、ナツメが好き……)
彼への好意は愛情。紛れもない恋愛感情。
けれど、それでも――
「――私のは夢というより願いなんだけど、それは帰らないと叶わないものなの」
そう、美生の代わりに『ルシスの記憶』を差し出し、元の世界に帰ることで私の願いは叶う。
『貴女は他人のために自分が楽になれない損な人ですよ』
不意に、いつか聞いたナツメの言葉が蘇る。
(そんな大層なものじゃないわ)
私には、元の世界で叶えたかった願いがあった。そしてここは、それが実現可能な世界だった。
美生がゲームのように元の世界を忘れたルシスでは、私はナツメの隣にいても後悔し続けるだろう。ゲームで感じていたハッピーエンドへの小さな違和感は、見過ごせないほど顕著になるだろう。
そしてそんな後悔を抱えた私を見るナツメは、自分の非であるかのように心を痛めるだろう。私は彼にそんな思いをさせたくない。
そのすべてが私の都合だ。私は、自分の都合しか考えていない。
「そう、ですか……」
美生が悲しげに言う。心からこちらを労るような声で。
そんな優しい彼女がこれから綴る物語を自分は見ることができないけれど、これまでの彼女たちとの物語を忘れることにもなるけれど……。私はこの世界で、この世界でしか叶わない願いを叶える。
私は迷いを振り切るように勢いを付けて、長椅子から立ち上がった。
「と、いうわけで。予言の確認作業をしたいから、悪いけどここで話を切り上げていい?」
「あっ、はい。聞いてもらってありがとうございました」
「どういたしまして」
連れ立って部屋の入り口まで行き、そこで別れる。私とは違い既に迷いなんて見られない美生を見送り、私は再び室内へと戻った。
長椅子に腰掛け、いつもの紙が仕舞ってある懐を探ろうとして、手を止める。私はその手の行き先を、対のテーブルの上に置かれた肩掛け鞄へと変更した。
鞄の中から、読み込んだ一冊の絵本を取り出す。初日にナツメに貰ったものだ。
絵本を開く。
小さな女の子が朝起きて、初めてのお使いを体験して、家に帰って寝るまでのお話。
頁を捲る。
家族に挨拶をして、初めて会った人にも挨拶をして。動物と触れ合って、植物を観察して。
どの頁も楽しそうな女の子が描かれており、最後は両親の間で眠る姿で物語は締め括られる。
「家族を築きたい人、か……」
ナツメとともに歩む未来を、思い描いたこともあった。
それは自覚は無くとも、心のどこかにそうしたい気持ちがあったのだろう。
「うん。それくらい……ナツメが、好き」
幸せそうに眠る女の子の頭を指先で撫でる。
それから私は、絵本を閉じた。
『元の世界に帰る』
私の目の前に、見えないはずの選択肢が見えた気がした。
正確に言えば、現れてはいけないはずの選択肢が――見えた気がした。
「私は、元の世界に帰るつもり」
美生に倣って、私も一言一言丁寧に言葉にする。
自分に言い聞かせる意味もあった。これもきっと、先程の彼女と同じだろう。
「……彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?」
私とは違いさらに問いを重ねた美生に、また思考が停止する。
『彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?』
彼女の台詞を反芻し、
(あ……ああ、夢、ね)
そして私は知らずに詰めていたらしい息を吐いた。
次いでそれとは別の理由でまた息を――溜息を吐く。
今自分は、夢について尋ねられたはずが『ナツメと離れてもいいのか』について考えてしまっていた。そうしてしまった理由は、さすがにもうわかっている。
(私は、ナツメが好き……)
彼への好意は愛情。紛れもない恋愛感情。
けれど、それでも――
「――私のは夢というより願いなんだけど、それは帰らないと叶わないものなの」
そう、美生の代わりに『ルシスの記憶』を差し出し、元の世界に帰ることで私の願いは叶う。
『貴女は他人のために自分が楽になれない損な人ですよ』
不意に、いつか聞いたナツメの言葉が蘇る。
(そんな大層なものじゃないわ)
私には、元の世界で叶えたかった願いがあった。そしてここは、それが実現可能な世界だった。
美生がゲームのように元の世界を忘れたルシスでは、私はナツメの隣にいても後悔し続けるだろう。ゲームで感じていたハッピーエンドへの小さな違和感は、見過ごせないほど顕著になるだろう。
そしてそんな後悔を抱えた私を見るナツメは、自分の非であるかのように心を痛めるだろう。私は彼にそんな思いをさせたくない。
そのすべてが私の都合だ。私は、自分の都合しか考えていない。
「そう、ですか……」
美生が悲しげに言う。心からこちらを労るような声で。
そんな優しい彼女がこれから綴る物語を自分は見ることができないけれど、これまでの彼女たちとの物語を忘れることにもなるけれど……。私はこの世界で、この世界でしか叶わない願いを叶える。
私は迷いを振り切るように勢いを付けて、長椅子から立ち上がった。
「と、いうわけで。予言の確認作業をしたいから、悪いけどここで話を切り上げていい?」
「あっ、はい。聞いてもらってありがとうございました」
「どういたしまして」
連れ立って部屋の入り口まで行き、そこで別れる。私とは違い既に迷いなんて見られない美生を見送り、私は再び室内へと戻った。
長椅子に腰掛け、いつもの紙が仕舞ってある懐を探ろうとして、手を止める。私はその手の行き先を、対のテーブルの上に置かれた肩掛け鞄へと変更した。
鞄の中から、読み込んだ一冊の絵本を取り出す。初日にナツメに貰ったものだ。
絵本を開く。
小さな女の子が朝起きて、初めてのお使いを体験して、家に帰って寝るまでのお話。
頁を捲る。
家族に挨拶をして、初めて会った人にも挨拶をして。動物と触れ合って、植物を観察して。
どの頁も楽しそうな女の子が描かれており、最後は両親の間で眠る姿で物語は締め括られる。
「家族を築きたい人、か……」
ナツメとともに歩む未来を、思い描いたこともあった。
それは自覚は無くとも、心のどこかにそうしたい気持ちがあったのだろう。
「うん。それくらい……ナツメが、好き」
幸せそうに眠る女の子の頭を指先で撫でる。
それから私は、絵本を閉じた。