『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
 ルーセンをじっと見る。

(ここの『彩生世界』はカサハのルートなのよね)

 ルーセンのルートであるなら、彼はセネリア亡き後どう過ごしていたかを、美生に話す場面もあったのだけれど。

(……少しだけ、『予言者』してもいっか)

 私はルーセンを真似て自分も頬杖をつき、彼と目線を合わせた。

「殺しに来たと思ってた人間に、それでも感謝する優しいところとか? ルーセンて名前、『ルシス・セネリア』から来てるんでしょう」

 「どんな?」の問いにそう答えれば、ルーセンの口が「え」の形で開いて固まる。
 しかし直ぐに私がそれを知っている理由に至った彼は、くしゃっと崩した顔で笑った。

「そんなことで許せるなんて……そりゃ『聖女』だよね。で、ミウは残るとして、アヤコはどうするの?」

 変わらず頬杖の体勢で、けれど今度は気軽な感じでルーセンが聞いてくる。
 そうした彼に、私は答えを少し躊躇った。自分のそれはきっと、彼が予想したものと違ってしまうだろうから。

「――私は、帰ることになるわ」

 不自然な間を置いて、出て来たのは不自然な言い回し。

「帰る『ことになる』?」

 当然、ルーセンに(いぶか)しがられる。
 私は一度深呼吸した後、立ち上がりテーブル越しに彼の方へと身を乗り出した。

「ルーセン。神域で巡らせるのは、美生の『ルシスの記憶』じゃなくて、私のものにして欲しいの」

 突然詰め寄った私に、ルーセンが反射的にか背筋を伸ばす。

「アヤコのって……ああ、それで帰る『ことになる』わけ」

 察しがいい彼に、私は「そういうこと」と乗り出していた身を戻した。椅子にも座り直す。

「ナツメには言ったの?」

 次に来るだろうと予測していたその問いには、私は頭だけを振ってみせた。

「言ったところで美生に差し出せと言うような人じゃないでしょ。無駄に板挟みにさせるだけだわ」
「それはそうだけどさ……」
「――私の知る物語では、展開によってはナツメが美生と親密になって、彼女に救われる結末があるの。こう言ったら何だけど、美生でなくて私でいいのなら、それは私でなくてもいいということよ」

 本気でそう思っているわけじゃない。けれど、私は敢えて淡々と言ってみせた。そんな理由でもこじつけなければ、思い切れなかった。

「酷いことを言ってる自覚はあるわよ? けど、美生が記憶を手放さないで済む方法を知った今、私がルシスに残って元の世界を忘れた彼女を見るのは正直きつい。私は、彼女が見てきた世界を知っているから。物語として外から見ていたときも引っ掛かっていたそれを、間近で見ていて平気でいられる気がしない」

 一息に言う。
 物言いたげなルーセンの視線には気付かないふりで、私は空になったカップに目を落とした。
< 105 / 123 >

この作品をシェア

pagetop