『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
少し目線を上げ、大鏡の前に立つ背を向けたナツメを見る。
(ナツメ……)
滑らせるようにしてペンを動かす彼の姿を、私は紙面に書き加えていった。
『忘れたくないという気持ちごと忘れてしまう』。ルーセンに言った自分の言葉が、ふと頭を過る。
忘れたくない。それが自分の本音で。自分がこの地を去った後にこの紙をナツメが見つけ、思い出の縁にしてくれたならと、そんな浅はかな気持ちもそう。
松明の火がまた、パチンと爆ぜた。
(ナツメ。私、貴方のことが――)
「アヤコさんは、俺のことが好きですか?」
「⁉」
私は反射的に自分の口を手で押さえた。押さえて、声に出していたわけでないことに気付く。
「と、唐突ね」
あまりのタイミングの良さに驚いたが、ナツメの言葉遊びのようなものと判断する。私はできるだけ平然を装って答えた。
ナツメが再びこちらに向かって歩いてくる。私は彼を描いていたことがバレないよう、スケッチブックを閉じて胸に抱えた。
彼の後ろに描かれた大鏡の魔法陣が、金色に発光している。ナツメはそちらの魔法陣も完成させたようだった。
「貴女、俺も描いていたでしょう?」
「!」
目の前まで来たナツメの指摘に、息を呑む。
疑問の形を取ってはいるが、その射るような眼差しには彼が確信を持っていることが見て取れた。
どうしてそれを――
「床の魔法陣を描くだけなら、鉛筆を持つ手の縦の動きはそこまで大きくなりません。貴女の『惹かれるもの』とは、俺を含めてでは?」
(! そうだ、大鏡――鏡に映って……)
バサッ
動揺した拍子にスケッチブックが腕を擦り抜け、足元に落ちる。鉛筆も床の上を遠くまで転がった。
けれど私にはそれを気に留める余裕は無く、ナツメも私から一瞬足りとも目を外そうとはしない。
「別に俺に知られて困るものでもないでしょう。貴女は俺の恋人なんですから」
「……事情を知らない美生たちならともかく、恋人のふりをしようと言い出した本人の貴方が、それを言う?」
ようやく出てきた声は、軽口に合わない少し震えたものになる。
私はナツメの視線から逃れるため、うっかり落とした体でスケッチブックを拾おうとした。
しかし何か軽い音がしたかと思えば、私はナツメの両腕によって壁際に追い詰められていた。
「……っ」
軽い音はナツメが持っていたペンが転がったものだった。彼が放ったペンは、先に床に転がっていた私の鉛筆と並んで止まっていた。
「俺は『恋人のふり』とは一言も言っていませんよ。はっきりと、『恋人として』と貴女に言いました」
「え……」
「そうやって貴女が本気にしないことを利用して、言質を取ってやろうとは思っていましたけどね」
視界が翳る。
ナツメが肘を曲げ距離を詰めた分、光が遮られる。
「キスしていいですか?」
「なっ……」
額と額が触れ合う。
ナツメの熱が、伝わる。
「な、何言ってるのよ。か、仮に恋人だとして、その、だってほら、私は初めてじゃないし!」
私は混乱のあまり、自分でもよくわからないまま早口で捲し立てた。
『彩生世界』では、美生はどのルートでも初めてのキスだった。美生に限らず、この手のゲームでは多くがそうで。それなのに何故、自分がそういった場面に遭遇しているのか。そんな妙な憤りさえ覚える。
「貴女こそ何を言っているんです? 貴女にしたいのに、未経験の女性にしろと言われても困るのですが」
「それは正論、すごく正論。でも違うの、そういうことじゃないの」
「そうですか。それで、いいですか?」
相変わらず形ばかりの問いではあるが、それでもナツメは嫌だとはっきり言った相手に強引に迫るような男でもない。
(問題は……私が嫌だと思ってないこと)
それなら「嫌」ではなく「駄目」だと答える? でもそれだと駄目な理由を問い質されるだけだろう。
「どう返事していいか……わからない」
拒めない自分への呆れも相俟って、私は力無く答えた。
(ナツメ……)
滑らせるようにしてペンを動かす彼の姿を、私は紙面に書き加えていった。
『忘れたくないという気持ちごと忘れてしまう』。ルーセンに言った自分の言葉が、ふと頭を過る。
忘れたくない。それが自分の本音で。自分がこの地を去った後にこの紙をナツメが見つけ、思い出の縁にしてくれたならと、そんな浅はかな気持ちもそう。
松明の火がまた、パチンと爆ぜた。
(ナツメ。私、貴方のことが――)
「アヤコさんは、俺のことが好きですか?」
「⁉」
私は反射的に自分の口を手で押さえた。押さえて、声に出していたわけでないことに気付く。
「と、唐突ね」
あまりのタイミングの良さに驚いたが、ナツメの言葉遊びのようなものと判断する。私はできるだけ平然を装って答えた。
ナツメが再びこちらに向かって歩いてくる。私は彼を描いていたことがバレないよう、スケッチブックを閉じて胸に抱えた。
彼の後ろに描かれた大鏡の魔法陣が、金色に発光している。ナツメはそちらの魔法陣も完成させたようだった。
「貴女、俺も描いていたでしょう?」
「!」
目の前まで来たナツメの指摘に、息を呑む。
疑問の形を取ってはいるが、その射るような眼差しには彼が確信を持っていることが見て取れた。
どうしてそれを――
「床の魔法陣を描くだけなら、鉛筆を持つ手の縦の動きはそこまで大きくなりません。貴女の『惹かれるもの』とは、俺を含めてでは?」
(! そうだ、大鏡――鏡に映って……)
バサッ
動揺した拍子にスケッチブックが腕を擦り抜け、足元に落ちる。鉛筆も床の上を遠くまで転がった。
けれど私にはそれを気に留める余裕は無く、ナツメも私から一瞬足りとも目を外そうとはしない。
「別に俺に知られて困るものでもないでしょう。貴女は俺の恋人なんですから」
「……事情を知らない美生たちならともかく、恋人のふりをしようと言い出した本人の貴方が、それを言う?」
ようやく出てきた声は、軽口に合わない少し震えたものになる。
私はナツメの視線から逃れるため、うっかり落とした体でスケッチブックを拾おうとした。
しかし何か軽い音がしたかと思えば、私はナツメの両腕によって壁際に追い詰められていた。
「……っ」
軽い音はナツメが持っていたペンが転がったものだった。彼が放ったペンは、先に床に転がっていた私の鉛筆と並んで止まっていた。
「俺は『恋人のふり』とは一言も言っていませんよ。はっきりと、『恋人として』と貴女に言いました」
「え……」
「そうやって貴女が本気にしないことを利用して、言質を取ってやろうとは思っていましたけどね」
視界が翳る。
ナツメが肘を曲げ距離を詰めた分、光が遮られる。
「キスしていいですか?」
「なっ……」
額と額が触れ合う。
ナツメの熱が、伝わる。
「な、何言ってるのよ。か、仮に恋人だとして、その、だってほら、私は初めてじゃないし!」
私は混乱のあまり、自分でもよくわからないまま早口で捲し立てた。
『彩生世界』では、美生はどのルートでも初めてのキスだった。美生に限らず、この手のゲームでは多くがそうで。それなのに何故、自分がそういった場面に遭遇しているのか。そんな妙な憤りさえ覚える。
「貴女こそ何を言っているんです? 貴女にしたいのに、未経験の女性にしろと言われても困るのですが」
「それは正論、すごく正論。でも違うの、そういうことじゃないの」
「そうですか。それで、いいですか?」
相変わらず形ばかりの問いではあるが、それでもナツメは嫌だとはっきり言った相手に強引に迫るような男でもない。
(問題は……私が嫌だと思ってないこと)
それなら「嫌」ではなく「駄目」だと答える? でもそれだと駄目な理由を問い質されるだけだろう。
「どう返事していいか……わからない」
拒めない自分への呆れも相俟って、私は力無く答えた。