『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
二つの物語
「アヤコさんっ、こちらへ!」
「!」
ナツメの手に引かれ、私は『交信の間』から階段へと連れ出された。
直後――
バシンッ
目前まで来た魔獣が、見えない壁にぶつかり反動で床に転がる。
「貴女の反応からいって、ここで魔獣と鉢合わせるのは想定外。それでいいですね?」
階段を駆け上がりながら、ナツメに確認される。
「そ、う。本当は、ナツメが上で皆と合流して、それから……それなのに、私……」
「俺も貴女との決め事を破って咄嗟に盾魔法を張ってしまったので、予言からの逸脱は後先でしたよ。と言うより、あそこで貴女に迫った俺の方にこそ責任があるでしょうね」
「それは違うわ。私が――」
「貴女が俺と離れたくなかったから?」
「……っ」
図星を突かれる。そうして私を黙らせるのが、彼の狙いでもあったのだろう。
ナツメが立ち止まり、一段下りる。代わりに私を一段上がらせ、それから彼は魔獣に注意を向けた。
「どうやら上手く足止めできたようですね」
繰り返し響く魔獣が『盾』にぶつかる音に、音と同じ回数だけ転がる魔獣を見ながらナツメが口にする。
盾魔法は障壁を発生させるもので、その効果は魔獣を跳ね返すほどに強固なものだ。ただ、その分使いどころが難しい。
一度に一箇所しか張れない上に、効果があるのは真正面の敵にだけ。斜め前からの攻撃は普通に通ってしまう。
そんな癖のある盾魔法について私は、防御というより敵を回り込ませたい場合に利用していた。とはいえ、マップ攻略云々を別としてただ効果的な使い方を挙げるなら、幅の狭い通路等での使用がそうだろう。――丁度、今の私たちが面している状況のような。
「さて……」
さらに三度ほど『盾』が鳴ったところで、ナツメが私を振り返る。
「取り敢えず口裏を合わせておきましょうか。俺が地下で魔獣と鉢合わせるのが、物語の流れということで。アヤコさん、彼らに予言から外れたことを悟られないようにして下さい」
そして彼から思いがけない提案が来て、私は思わず「え?」と聞き返した。
「待って。勝利パターンが使えないなら、私は指示なんて出せないわよ⁉」
確かにナツメは以前センシルカで、「未来は明るいと思わせることが予言の最大の効果」だというような話をしてはいた。けれど、それは本当に明るい未来が在りきのものであって、今の私ではその大前提が崩れている。
段差のせいで、ナツメがいつもとは逆に私を見上げてくる。
「……っ」
不意にナツメの邸で見た悪夢が蘇り、私は激しい恐怖に駆られた。
「戦略とかそういうの、本当にわからないの。私は、私はずっと狡をしてきただけだからっ」
倒れて動かないナツメ。リトライを尋ねてくるゲーム画面。
私は何度、それを見た?
私は何度、彼らを――
「違います。貴女は決して今まで狡い手を使っていたわけじゃありません。貴女は幾度も自分で試した結果を活用していただけであって、それは真っ当な行為です」
私は何度、彼らを殺した? その結果を得るために。
「ナツメだってわかっているんでしょう? 幾度も試したというのは、それだけ失敗したからだって」
ナツメに憤るのは御門違いと思いながらも、無理難題を言う彼につい強い口調で返してしまう。
「ここでは失敗できない! だってそれは――」
「失敗しませんよ」
やけに落ち着き払ったナツメの声色に気圧され、私の言葉の続きは声にはならないで消えた。
励ますというよりは、まるで予定調和を語るように言ったナツメ。彼はそれを体現するかのように、先程からずっと私と向かい合ったままでいる。――魔獣に背を見せて。
「!」
ナツメの手に引かれ、私は『交信の間』から階段へと連れ出された。
直後――
バシンッ
目前まで来た魔獣が、見えない壁にぶつかり反動で床に転がる。
「貴女の反応からいって、ここで魔獣と鉢合わせるのは想定外。それでいいですね?」
階段を駆け上がりながら、ナツメに確認される。
「そ、う。本当は、ナツメが上で皆と合流して、それから……それなのに、私……」
「俺も貴女との決め事を破って咄嗟に盾魔法を張ってしまったので、予言からの逸脱は後先でしたよ。と言うより、あそこで貴女に迫った俺の方にこそ責任があるでしょうね」
「それは違うわ。私が――」
「貴女が俺と離れたくなかったから?」
「……っ」
図星を突かれる。そうして私を黙らせるのが、彼の狙いでもあったのだろう。
ナツメが立ち止まり、一段下りる。代わりに私を一段上がらせ、それから彼は魔獣に注意を向けた。
「どうやら上手く足止めできたようですね」
繰り返し響く魔獣が『盾』にぶつかる音に、音と同じ回数だけ転がる魔獣を見ながらナツメが口にする。
盾魔法は障壁を発生させるもので、その効果は魔獣を跳ね返すほどに強固なものだ。ただ、その分使いどころが難しい。
一度に一箇所しか張れない上に、効果があるのは真正面の敵にだけ。斜め前からの攻撃は普通に通ってしまう。
そんな癖のある盾魔法について私は、防御というより敵を回り込ませたい場合に利用していた。とはいえ、マップ攻略云々を別としてただ効果的な使い方を挙げるなら、幅の狭い通路等での使用がそうだろう。――丁度、今の私たちが面している状況のような。
「さて……」
さらに三度ほど『盾』が鳴ったところで、ナツメが私を振り返る。
「取り敢えず口裏を合わせておきましょうか。俺が地下で魔獣と鉢合わせるのが、物語の流れということで。アヤコさん、彼らに予言から外れたことを悟られないようにして下さい」
そして彼から思いがけない提案が来て、私は思わず「え?」と聞き返した。
「待って。勝利パターンが使えないなら、私は指示なんて出せないわよ⁉」
確かにナツメは以前センシルカで、「未来は明るいと思わせることが予言の最大の効果」だというような話をしてはいた。けれど、それは本当に明るい未来が在りきのものであって、今の私ではその大前提が崩れている。
段差のせいで、ナツメがいつもとは逆に私を見上げてくる。
「……っ」
不意にナツメの邸で見た悪夢が蘇り、私は激しい恐怖に駆られた。
「戦略とかそういうの、本当にわからないの。私は、私はずっと狡をしてきただけだからっ」
倒れて動かないナツメ。リトライを尋ねてくるゲーム画面。
私は何度、それを見た?
私は何度、彼らを――
「違います。貴女は決して今まで狡い手を使っていたわけじゃありません。貴女は幾度も自分で試した結果を活用していただけであって、それは真っ当な行為です」
私は何度、彼らを殺した? その結果を得るために。
「ナツメだってわかっているんでしょう? 幾度も試したというのは、それだけ失敗したからだって」
ナツメに憤るのは御門違いと思いながらも、無理難題を言う彼につい強い口調で返してしまう。
「ここでは失敗できない! だってそれは――」
「失敗しませんよ」
やけに落ち着き払ったナツメの声色に気圧され、私の言葉の続きは声にはならないで消えた。
励ますというよりは、まるで予定調和を語るように言ったナツメ。彼はそれを体現するかのように、先程からずっと私と向かい合ったままでいる。――魔獣に背を見せて。