『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
光は一時、直径二メートルほどまで拡がり、そこから徐々に収束して行った。
――この場にいるはずのない人の姿を残して。
「え?」
「貴女のその顔、見物ですね」
もし目に映るのなら、それは幻のはずなのに。その幻がこちらへ向かって歩いてくる。不機嫌そうに、私に話しかけてくる。
「どうして」
私は幻――ナツメを呆然として見つめた。
「どうして入口が消えたはずなのに、ですか? 確かに一つ目の魔法陣は跡形も無く消えていましたね」
「一つ目? どういうこと?」
大鏡に描かれた魔法陣は、鏡全体に描かれる大きなものだ。もう一つを描くスペースなどどこにも無いはず。
「言葉通りですよ。まったく同じ魔法陣を二つ重ねて描いたうちの、一つ目です」
「は……?」
信じがたい種明かしに、私は目を瞠ってナツメを見た。
私はついさっき、その魔法陣を間近で見ていた。あれが重ねて描かれているようには、とても思えない。
あれが本当に二重だというのなら、その二つは一ミリも違わず完全に一致していることになる。
そんなまさかと思う一方、そのまさかをやってのけるのがナツメだということも、私はわかっていた。
目の前まで来たナツメに、右手を取られる。
「変に責任感を発揮した貴女が、こうした行動に出ないとも限らないと思ったので、手を打っておきました。ミウさん本人は、貴女がこうすることを望んではいませんよ。戻りましょう」
「望み……」
呆気に取られていた私を、その言葉が我に返した。
「そうね。望んでいるのは、私の勝手」
「だからそれは――」
「ううん、責任感じゃないの」
私は彼に掴まれた自分の手に、目を落とした。
ナツメの手の中、私の腕だけが弱い光を放っている。それは、いつか見たマナの光と同じだった。
「⁉ 保護魔法をっ」
事態に気付いたナツメが魔法を詠唱し、しかし現れた魔法の膜は形になる前に雲散する。
「魔法もマナだから。神域で保護魔法を掛けたところで、水中で水の壁を出しているようなものよ」
「……っ」
平常時のナツメなら、そのくらいの判断はできたはずだった。
(前にも似たようなことがあったっけ)
崖から転落したときのことを思い出す。あのときの彼も、魔法の詠唱を失敗していたという話だった。
「責任感じゃない。私は『彩生世界』を見ていて、見る度に、この世界を選んだ美生に元の世界の大切な思い出も失くさないで欲しいと思ってた。ずっと心にあった願いが、ここでは叶えられるの」
私の身体から立ち上がった光が、ふわりと光の玉となって浮き上がる。
「そうですか。貴女の願いは忌々しいくらいに立派ですよ。言ったのが貴女でなければ、称賛したところです」
言いながらナツメが、打つ手が無いか思考しているのが見て取れる。
焦りと不安で苛立ったナツメ。本編では見られない、彼。
(ああ、そっか。私、今こうしているナツメを忘れるんだ……)
私だけに向けられる表情。「忌々しい」という言葉にさえ感じられる、愛しさ。
この彼の姿を、声を、自分は忘れる。
今になって美生の気持ちがわかった。私も彼を覚えていたい……例え元の世界の記憶を失ったとしても。
――この場にいるはずのない人の姿を残して。
「え?」
「貴女のその顔、見物ですね」
もし目に映るのなら、それは幻のはずなのに。その幻がこちらへ向かって歩いてくる。不機嫌そうに、私に話しかけてくる。
「どうして」
私は幻――ナツメを呆然として見つめた。
「どうして入口が消えたはずなのに、ですか? 確かに一つ目の魔法陣は跡形も無く消えていましたね」
「一つ目? どういうこと?」
大鏡に描かれた魔法陣は、鏡全体に描かれる大きなものだ。もう一つを描くスペースなどどこにも無いはず。
「言葉通りですよ。まったく同じ魔法陣を二つ重ねて描いたうちの、一つ目です」
「は……?」
信じがたい種明かしに、私は目を瞠ってナツメを見た。
私はついさっき、その魔法陣を間近で見ていた。あれが重ねて描かれているようには、とても思えない。
あれが本当に二重だというのなら、その二つは一ミリも違わず完全に一致していることになる。
そんなまさかと思う一方、そのまさかをやってのけるのがナツメだということも、私はわかっていた。
目の前まで来たナツメに、右手を取られる。
「変に責任感を発揮した貴女が、こうした行動に出ないとも限らないと思ったので、手を打っておきました。ミウさん本人は、貴女がこうすることを望んではいませんよ。戻りましょう」
「望み……」
呆気に取られていた私を、その言葉が我に返した。
「そうね。望んでいるのは、私の勝手」
「だからそれは――」
「ううん、責任感じゃないの」
私は彼に掴まれた自分の手に、目を落とした。
ナツメの手の中、私の腕だけが弱い光を放っている。それは、いつか見たマナの光と同じだった。
「⁉ 保護魔法をっ」
事態に気付いたナツメが魔法を詠唱し、しかし現れた魔法の膜は形になる前に雲散する。
「魔法もマナだから。神域で保護魔法を掛けたところで、水中で水の壁を出しているようなものよ」
「……っ」
平常時のナツメなら、そのくらいの判断はできたはずだった。
(前にも似たようなことがあったっけ)
崖から転落したときのことを思い出す。あのときの彼も、魔法の詠唱を失敗していたという話だった。
「責任感じゃない。私は『彩生世界』を見ていて、見る度に、この世界を選んだ美生に元の世界の大切な思い出も失くさないで欲しいと思ってた。ずっと心にあった願いが、ここでは叶えられるの」
私の身体から立ち上がった光が、ふわりと光の玉となって浮き上がる。
「そうですか。貴女の願いは忌々しいくらいに立派ですよ。言ったのが貴女でなければ、称賛したところです」
言いながらナツメが、打つ手が無いか思考しているのが見て取れる。
焦りと不安で苛立ったナツメ。本編では見られない、彼。
(ああ、そっか。私、今こうしているナツメを忘れるんだ……)
私だけに向けられる表情。「忌々しい」という言葉にさえ感じられる、愛しさ。
この彼の姿を、声を、自分は忘れる。
今になって美生の気持ちがわかった。私も彼を覚えていたい……例え元の世界の記憶を失ったとしても。