『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
『彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?』

 あの質問をしてきたのが美生ではなくナツメであったなら、私はあのときと同じ答を彼には返せなかったかもしれない。
 でも、もう引き返せない。
 だから私はせめて我が侭を通したのだと、彼に思わせなければ。
 本当は後悔したことを、彼に知られては駄目だ。

「前に話したけど、美生とナツメが親密になる物語の結末もあったの。だから私はナツメに対して、『美生でなく私でいいのなら、私じゃなくてもいいんだ』と思ってしまった。酷いでしょう?」

 私はルーセンにも話した言い訳を、ナツメに繰り返した。
 本当はこれ以上、彼を傷付ける真似はしたくない。

(けど、ナツメはきっと私が後悔したと知った方が傷付く)

 どこまでも優しい人だから。
 私はもうナツメを見ていられなくて、瞼をぎゅっと閉じた。

「ええ、酷いですね。だから俺は、そのくらいの理由を持ち出さないと帰れなくなった、貴女がいい」
「……っ」

 こちらの心情を見透かしたナツメの言葉に、思わず肩が震える。
 もう手遅れなのに、耳を塞ぎたくなる。

「私は、帰る。私は、私がここに喚ばれた意味をそこに見出してしまったから。私の役目は、私がこの世界を去るというところまでだから」

 私は塞げない耳の代わりに、思考を閉ざした。彼と向き合う前の自分を表に立たせ、その影に隠れた。
 しかしその途端強く両肩を掴まれ、私は驚いた拍子に目を開けてしまった。

「――俺が貴女を大人しく帰すとでも思っているんですか?」

 突き刺さるようなナツメの視線と、かち合う。

「貴女が元の世界に帰るには、俺の魔法が必要です。俺が拒めば貴女は帰ることができない。セネリアのように廃人になれば俺も諦めがつくとでも? 考えが甘いですよ」

 ナツメの口から、険のある声が発せられる。

「俺の方が貴女より余程酷い男です。だから、貴女が抜け殻になったって、元の世界に帰させやしません。貴女の呼吸が止まりその身体が朽ちたって、それでも離してあげません。貴女なんて――あの世で後悔すればいい!」

 睨まれて、脅されて。それなのに、それがこの上なく、愛しい。

「ナツメ」

 他の誰でもない、この人が愛しい。

「ありがとう。貴方のその言葉が嬉しいと思えるくらい、貴方のこと、好きだったわ」
「――っ」

 ナツメが目を瞠り、息を呑む。
 ふわり、ふわり
 次々と、私の身体から新しい光の玉が浮かび上がる。

「駄目です……っ」

 それを食い止めんとする勢いで、ナツメに掻き抱かれる。
 けれどその彼を擦り抜けて、私の光は絶え間なく――もはや光の柱となって立ち上っていた。

(もう……意識が……)

 視界に(もや)がかかる。
 抱き締めてくれているはずのナツメの温もりが、痛みが、遠い。

「! 駄目です、アヤコさんっ」

 すべてが、遠い。

「お願いです、アヤコさん……アヤコさ――――アヤコ‼」

 何か大きな存在と自分が混ざり溶けた。そんな感覚がした。それは恐怖ではなく、安堵さえ感じられて。
 この場に似つかわしくないほど穏やかに、私の意識は一切が白い空間へと落ちていった。
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