『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
失くした記憶
独りの空間。
意識が戻り私が感じたのは、まずそれだった。
瞼を開き、目だけで辺りを見回す。
意識を手放す前と同じ穏やかな闇の空間に、私は水面に浮かぶように揺蕩っていた。
身を起こす。
相変わらず上下もよくわからない場所で、けれどやはり不思議と立つことができた。
先程までとの違いは――彼がいないことだけだ。
「……っ」
頭を振る。一瞬にして頭を占めたそれを掻き消す。
両手の手のひらを強く握って、開く。そうして意識を自分に集中させ、私は真っ直ぐ前方に向かって歩き出した。
闇の中、当てもなく彷徨う。
(ん?)
不意にすぐ側の空間の一部がぽぅっと明るくなり、私は足を止めた。
(あ、これって)
光の中央付近を目を凝らして見る。
ぼんやりとした光の中に映し出される、ぼんやりとした映像。
(やっぱり。私の『記憶』だ)
映像には、ナツメが映っていた。これは初日の光景だろうか、神殿を歩いている彼の姿が見える。
私は、じっとその姿を見つめた。自分の『外』にある、自分の『記憶』。それが意味するところを、私は知っていた。
(本編では、美生はここで元の世界を見ていたのよね……あっ)
見ていた映像がぼやけたかと思うと、それは光と同時に消えた。
もう何も見えない闇を暫く見つめて、そうしているうちにまた別の場所に薄い光が点った。
自然と速くなる足で、その光がある方へと向かう。
(これは……イスミナの森かな)
映し出されていたのは、森の中にいるナツメ。何か魔法を唱えているようだが、映像に音声は無いため彼の声は聞こえない。
状況から見て、森で結界を張っていたときのナツメだろうか。魔法を唱え終えた彼が歩き出したところで、やはり光は消えた。
その後、センシルカの街、王都、それからレテの村へ。足跡を辿るように、場面は移って行く。
「…………」
やがて映像は――『交信の間』で魔法陣を描く彼にまで行き着いた。
既に床に描かれた魔法陣の向こう、大鏡に魔法陣を描くナツメの後ろ姿が映る。
私は、ナツメから床の魔法陣へと目を移した。自分が通るべき、元の世界への扉だ。
(そういえば……)
ふと、本編のナツメのワンシーンが私の頭を過った。
頑なに『美生は帰るべき人』と言い続けたナツメ。その姿が、彼に『私は帰るべき』と譲らなかった自分と重なる。
『正直……面白くなかったわね』
センシルカで彼に答えたナツメルートに対しての感想も思い出し、苦笑する。
(私も、面白くなかった話にしちゃったわね)
光が消える。
次の光は、点らない。
そして私は、ここまでの光の中に何を見ていたのか、思い出せないことに気付いた。
(さようなら)
思い出せないのに、その言葉が誰に向けられたものかはわかる。
「さようなら」
私の意識は、再び白の世界へと落ちていった。
意識が戻り私が感じたのは、まずそれだった。
瞼を開き、目だけで辺りを見回す。
意識を手放す前と同じ穏やかな闇の空間に、私は水面に浮かぶように揺蕩っていた。
身を起こす。
相変わらず上下もよくわからない場所で、けれどやはり不思議と立つことができた。
先程までとの違いは――彼がいないことだけだ。
「……っ」
頭を振る。一瞬にして頭を占めたそれを掻き消す。
両手の手のひらを強く握って、開く。そうして意識を自分に集中させ、私は真っ直ぐ前方に向かって歩き出した。
闇の中、当てもなく彷徨う。
(ん?)
不意にすぐ側の空間の一部がぽぅっと明るくなり、私は足を止めた。
(あ、これって)
光の中央付近を目を凝らして見る。
ぼんやりとした光の中に映し出される、ぼんやりとした映像。
(やっぱり。私の『記憶』だ)
映像には、ナツメが映っていた。これは初日の光景だろうか、神殿を歩いている彼の姿が見える。
私は、じっとその姿を見つめた。自分の『外』にある、自分の『記憶』。それが意味するところを、私は知っていた。
(本編では、美生はここで元の世界を見ていたのよね……あっ)
見ていた映像がぼやけたかと思うと、それは光と同時に消えた。
もう何も見えない闇を暫く見つめて、そうしているうちにまた別の場所に薄い光が点った。
自然と速くなる足で、その光がある方へと向かう。
(これは……イスミナの森かな)
映し出されていたのは、森の中にいるナツメ。何か魔法を唱えているようだが、映像に音声は無いため彼の声は聞こえない。
状況から見て、森で結界を張っていたときのナツメだろうか。魔法を唱え終えた彼が歩き出したところで、やはり光は消えた。
その後、センシルカの街、王都、それからレテの村へ。足跡を辿るように、場面は移って行く。
「…………」
やがて映像は――『交信の間』で魔法陣を描く彼にまで行き着いた。
既に床に描かれた魔法陣の向こう、大鏡に魔法陣を描くナツメの後ろ姿が映る。
私は、ナツメから床の魔法陣へと目を移した。自分が通るべき、元の世界への扉だ。
(そういえば……)
ふと、本編のナツメのワンシーンが私の頭を過った。
頑なに『美生は帰るべき人』と言い続けたナツメ。その姿が、彼に『私は帰るべき』と譲らなかった自分と重なる。
『正直……面白くなかったわね』
センシルカで彼に答えたナツメルートに対しての感想も思い出し、苦笑する。
(私も、面白くなかった話にしちゃったわね)
光が消える。
次の光は、点らない。
そして私は、ここまでの光の中に何を見ていたのか、思い出せないことに気付いた。
(さようなら)
思い出せないのに、その言葉が誰に向けられたものかはわかる。
「さようなら」
私の意識は、再び白の世界へと落ちていった。