『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「そういやナツメ、王都の邸をロイに無償で貸したんだって?」
口直しかばつの悪さを誤魔化すためか、ルーセンが口の中にポイポイとクッキーを放り込みながら話を換える。
微妙な顔をしながらも茶を飲み干したナツメは、「ええ」と空になったカップをテーブルに置いた。
「彼は商才があるようだったので、拠点として勧めました。彼は自宅も持っていませんでしたし、丁度良いかと思って。――建前上は」
「本音は?」
「アヤコさんは、ロイさんが好みらしいので。王都なら遠いし、何より俺の邸で彼と逢い引きというのは、さすがに気が引けるでしょうから防止策として」
「うわー……」
「実は結構気にしてたのね、ナツメ……」
堂々本音を漏らしたナツメに、私は半ば呆れた目で彼を見た。私の今の顔はきっと、若干引いた顔をしているルーセンと似たようなものになっているに違いない。
私とナツメの間でロイくんが話題に上ったのは、王都でした一回きりだったはず。ナツメがロイくんと話している姿はちらほら見かけたが、気にしている素振りなんてまったく見られなかったのに。
(とはいえ、ナツメの自信の無さの原因って、やっぱり私よね……)
結局私は、最後の最後まで彼と離れる選択を取ってしまっていたわけだから。ナツメがそうなってしまっても、致し方ないと言える。
私は心の中で謝りながら、二人に遅れてようやく空になったカップをテーブルに戻した。
「そう、気にしていたんですよ。ああ、そうです。そこにお誂え向きに神がいるので、もう俺と離れないと神に誓って下さい」
誓いを立てるという厳かな言葉にはおよそ似つかわしくない、ぞんざいな仕草でナツメがルーセンを指差す。
「もうどうとでも扱って。本当、ナツメってぶれないよね」
そんなナツメに、負けず劣らず投げ遣りな感じで言いながら、『神』はテーブルに頬杖を突いた。
(神、か……)
二人の遣り取りは、まったくの友人同士の戯れのそれで。それでも『神』の単語は、私にあの日の神域を連想させた。
ルシスでは、セネリアは封印されたと伝わっていたが実際はそうじゃない。彼女は望んでルシスに還った。
(私も一つ分の『ルシスの記憶』しかなかったら、そうなっていたのよね)
魂の無い器だけになった身体は、いずれ朽ちる。ルシスでは、生きて行けない。
私はちらりとナツメの顔を盗み見た。
目が覚めたとき、私は床に描かれた魔法陣の上にいた。そして、彼に脈を測られていた。
著しい変調があったなら、多分ナツメは帰還の魔法を唱えていただろう。見殺しにすると言っておきながら、結局は酷い男になり切れないのが、彼だ。
(ああでも、帰れなくなるくらい惚れさせるのは、やっぱり酷い男なのかも)
私には元の世界の記憶があって、そちらにそれなりの愛着もあって。それなのに元の世界に戻った場合の未来を、まったく思い描けなくなってしまった。
「もう、ナツメを離さないわ」
「――なっ」
『離れない』では足りないくらいに、この人が好きだ。
こちらを煽っておきながら、こんな陳腐な返事に驚いてしまうこの人が、好きだ。
「……ルーセンさん」
「えっと、用は済んだから帰れと言いたい?」
「どうぞ。持ち帰り用のクッキーです」
「せめて形だけでも否定してあげて! 帰るしクッキーも貰うけど!」
ルーセンが怒っている体でバッと席から立ち上がり、しかしナツメに差し出されたクッキーの袋は丁寧に両手で受け取る。
「もうセネリアのマナが無くても死なないけど、何となく人間のまま暮らしてるからたまにはイスタ邸まで会いに来てよ」
玄関先まで出て、帰り際にそう言ったルーセンの姿が見えなくなるまで見送る。
それから私が先に家に入り、その後ろに続いたナツメが後ろ手で玄関の扉を閉めた。
「ナツメ?」
扉が閉まる音と同時に、ナツメに後ろから抱き留められる。
「本当、貴女の答えはいつも面白くて飽きないです。好きですよ」
懐かしさを感じさせる彼の台詞に、思わず顔が綻ぶ。
今思えば最初にナツメを意識したのは、この台詞を聞いたときだったかもしれない。
私はナツメの腕に、そっと両手で触れた。
この人の隣で、私は生きて行く。
この先、ずっと。
「ナツメとなら、私の物語はきっと最後まで面白い話になるわ」
-END-
口直しかばつの悪さを誤魔化すためか、ルーセンが口の中にポイポイとクッキーを放り込みながら話を換える。
微妙な顔をしながらも茶を飲み干したナツメは、「ええ」と空になったカップをテーブルに置いた。
「彼は商才があるようだったので、拠点として勧めました。彼は自宅も持っていませんでしたし、丁度良いかと思って。――建前上は」
「本音は?」
「アヤコさんは、ロイさんが好みらしいので。王都なら遠いし、何より俺の邸で彼と逢い引きというのは、さすがに気が引けるでしょうから防止策として」
「うわー……」
「実は結構気にしてたのね、ナツメ……」
堂々本音を漏らしたナツメに、私は半ば呆れた目で彼を見た。私の今の顔はきっと、若干引いた顔をしているルーセンと似たようなものになっているに違いない。
私とナツメの間でロイくんが話題に上ったのは、王都でした一回きりだったはず。ナツメがロイくんと話している姿はちらほら見かけたが、気にしている素振りなんてまったく見られなかったのに。
(とはいえ、ナツメの自信の無さの原因って、やっぱり私よね……)
結局私は、最後の最後まで彼と離れる選択を取ってしまっていたわけだから。ナツメがそうなってしまっても、致し方ないと言える。
私は心の中で謝りながら、二人に遅れてようやく空になったカップをテーブルに戻した。
「そう、気にしていたんですよ。ああ、そうです。そこにお誂え向きに神がいるので、もう俺と離れないと神に誓って下さい」
誓いを立てるという厳かな言葉にはおよそ似つかわしくない、ぞんざいな仕草でナツメがルーセンを指差す。
「もうどうとでも扱って。本当、ナツメってぶれないよね」
そんなナツメに、負けず劣らず投げ遣りな感じで言いながら、『神』はテーブルに頬杖を突いた。
(神、か……)
二人の遣り取りは、まったくの友人同士の戯れのそれで。それでも『神』の単語は、私にあの日の神域を連想させた。
ルシスでは、セネリアは封印されたと伝わっていたが実際はそうじゃない。彼女は望んでルシスに還った。
(私も一つ分の『ルシスの記憶』しかなかったら、そうなっていたのよね)
魂の無い器だけになった身体は、いずれ朽ちる。ルシスでは、生きて行けない。
私はちらりとナツメの顔を盗み見た。
目が覚めたとき、私は床に描かれた魔法陣の上にいた。そして、彼に脈を測られていた。
著しい変調があったなら、多分ナツメは帰還の魔法を唱えていただろう。見殺しにすると言っておきながら、結局は酷い男になり切れないのが、彼だ。
(ああでも、帰れなくなるくらい惚れさせるのは、やっぱり酷い男なのかも)
私には元の世界の記憶があって、そちらにそれなりの愛着もあって。それなのに元の世界に戻った場合の未来を、まったく思い描けなくなってしまった。
「もう、ナツメを離さないわ」
「――なっ」
『離れない』では足りないくらいに、この人が好きだ。
こちらを煽っておきながら、こんな陳腐な返事に驚いてしまうこの人が、好きだ。
「……ルーセンさん」
「えっと、用は済んだから帰れと言いたい?」
「どうぞ。持ち帰り用のクッキーです」
「せめて形だけでも否定してあげて! 帰るしクッキーも貰うけど!」
ルーセンが怒っている体でバッと席から立ち上がり、しかしナツメに差し出されたクッキーの袋は丁寧に両手で受け取る。
「もうセネリアのマナが無くても死なないけど、何となく人間のまま暮らしてるからたまにはイスタ邸まで会いに来てよ」
玄関先まで出て、帰り際にそう言ったルーセンの姿が見えなくなるまで見送る。
それから私が先に家に入り、その後ろに続いたナツメが後ろ手で玄関の扉を閉めた。
「ナツメ?」
扉が閉まる音と同時に、ナツメに後ろから抱き留められる。
「本当、貴女の答えはいつも面白くて飽きないです。好きですよ」
懐かしさを感じさせる彼の台詞に、思わず顔が綻ぶ。
今思えば最初にナツメを意識したのは、この台詞を聞いたときだったかもしれない。
私はナツメの腕に、そっと両手で触れた。
この人の隣で、私は生きて行く。
この先、ずっと。
「ナツメとなら、私の物語はきっと最後まで面白い話になるわ」
-END-