『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「カサハが西の魔獣を撃破、それから東へ一メートルその後南へ二メートル移動。美生がカサハの西に移動してきた魔獣を攻撃……」

 現状を表示する伝達盤にちらと目を遣る。ドット絵で表示された美生たちが動いている様子を確認し、また指示盤に目を戻す。

「ルーセンが一メートル南へ、次にナツメがカサハに回復を――」

 やはりメモを読み上げながら、指示の続きを書いて。けれどそこで私は妙な引っかかりを覚え、操作の手を止めた。

(待って……)

 指示盤の画面の中、ドット絵のカサハに目が留まる。正確に言えば、その彼の頭上に表示されたバーに目が留まった。半分が元の緑から赤色へと変わった、ライフポイントを示す――それに。

(ライフを回復って……私、私は……)

 ドクンと、心臓が大きく脈打つ。
 これまでの戦闘では、私はナツメには補助魔法の指示しか出してこなかった。単純に、回復魔法の方がナツメへの敵視が高まるという理由からだ。治療士のナツメは防御力が低い。よって回復魔法が無くても切り抜けられるステージでは避けていた。
 だから私は、気付けなかった。

(私の指示は、皆に――)

 指示盤の上で止まったままの指が、震える。まだ指示には続きがあるのに、動かすことができない。
 そうしている間にも、ここまでの指示が一つまた一つと消化されていく。早く続きを書かなくては。早く。早く――

「ようやくこの後は回復魔法の出番ですか。俺は補助より回復の方が得意なんです。カサハさんは安心して腕なり脚なりもがれてくるといいですよ」
「――ナツメ?」

 物騒な台詞とはちぐはぐな楽しげな声が聞こえて、私は反射的に声の主を見た。
 一瞬目が合った気がしたナツメが、その視線をルーセンへと向ける。

「ルーセンさんもそのうち、俺の素晴らしい腕前を実感できる機会があるといいですね」
「僕は実感できなくても全然いいから呪わないでくれる⁉」
「それで、カサハさんに回復魔法を掛けた後はどうしますか? アヤコさん」

 私を振り返ったナツメと、今度こそ目が合う。
 思考はまだ上手く働いていない。けれどまるで私まで彼が使う聖魔法を掛けられたかのように、指示盤を操作する指は再び動いた。

「もう一度カサハが魔獣の攻撃を受け、それからその場で西の魔獣を攻撃。撃破、で終了……」
「なるほど。カサハさん、二度ほど痛い目を見て下さい」
「了解した。――くっ」

 魔獣がカサハに襲い掛かり、爪を、牙を立てる。
 ドット絵では描かれなかった、丘に落ちる血痕。彼の左腕の骨が砕ける音。
 減るのはライフポイントではない、彼の血が、肉が、失われていく。

「あ……あ……」

 自分に掛かれば、『彩生世界』のクリアなど容易だと思っていた。
 描かれなかったものを、私は知らなかった。

「カサ、ハ……ごめ……」

 目の前で親しくなった人間が傷付く『現実』を、私は知らなかった。
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