『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「カサハは、私の怪我をしてこいって指示に……嫌悪どころか驚きもしてなかった」
「貴女の指示は、毎回正確ですからね」
「正確……ね」
そう、手順は間違ってない。知っている手順を踏めば、必ずエンディングまで辿り着ける。
けれど――
「私は、私は本当は、こういった戦略を考えるのが全然得意なんかじゃなくて。こんなろくでもない指示しか出せない私より、もっと良い策を、皆が傷付かないで済む策を考えつく人が大勢いて……」
私の攻略は、ただステージをクリアするためのものでしかない。皆の安全を少しも考慮していない。
「正確」ではあっても、「正しく」はない。
私ではなく、そういった正しい策を知った人がルシスへ来ていたなら――
「その誰かがルシスに来ていたところで、その良い策とやらは実行されていませんよ」
まるでこちらの心を読んだかのように、ナツメが私の思考を遮る。
「忘れましたか? 貴女の策が実行されたのは、俺が口添えしたからです」
「だったらなおさら、貴方が負傷者を減らす策を見逃すはずないわ。言ってたじゃない、私の策が「怪我を負わないこと」を最重要としたものだと思ったから、見てみたいと思ったんだって」
確かに序盤の戦闘においては、「怪我を負わないこと」を重要視していた。けれどそれは『彩生世界』のシステムの都合だ。回復魔法の使用には敵視が補助魔法より高まるというデメリットがある、だから極力避けた。それだけのことだ。
「ナツメは勘違いしてる、私がそうしたのは貴方が思うような優しい理由からじゃない。皆のことを、結局は物語だとしか思ってない私の都合なのっ!」
一息に言い放ち、再度ナツメの拘束からの脱出を試みる。が、今度もそれは叶わなかった。
「……っ」
それどころか、不意に私の髪を梳いてきた彼の手に驚き、逆にしがみついてしまった。
頭を撫でるような、髪で戯れるようなその感触に、すべての意識が向けさせられる。落ち着かないそれが、繰り返されるうちに不思議と気持ちが落ち着いて行く。
「アヤコさんこそ、勘違いしているようです。俺は治した側から怪我をされる不毛な作業に飽き飽きして、そんな現状をどうにかして欲しかっただけです。俺の方こそ、自分の都合ですよ」
そうやって進んで自分が悪者になる人間が「自分の都合」だなんて、よく言う。ナツメはあのとき自分に対して、治療「できてしまう」と言っていた。本気で周りに辟易しているなら周りを悪くいうもので、そんな言い方はしない。
「どうにかしたかったのなら、それこそ私じゃなくて――」
「いいえ、だからこそ貴女でなければ実行されなかったんです」
私より静かな物言いのはずなのに、やけにハッキリと聞こえたナツメの声に、私は思わず口を噤んだ。
「貴女が俺の名を言い当てなければ、俺は貴女に興味が湧かなかった。貴女が俺を名指しで柱の間隔を尋ねなければ、俺は『予言』をもっと疑っていた。貴女でない誰かがそれをやる保証なんてない。貴女でなければ、いけなかったんです」
耳どころか、彼の声は私の頭にまで響いた。私でなければいけなかったと、一瞬ではあっても私は本当に思ってしまった。
「……わかったわ」
負けを認める言葉を返しながら、ナツメの胸を押し返す。今度は彼の腕から逃れることができて、私は彼と向かい合う形になった。
「こうなったらもう楽観的に痛い指示を出してあげるから」
私はビシッとナツメを指差し、口角も上げてみせた。
悪者をやるなら、ナツメより私の方が向いている。優しいこの人を悪者にさせてまで、納得の行く答えが欲しいわけじゃない。
「それでいいんですよ、貴女は。先を知る貴女が楽観視していたなら、それが俺たちを気楽にさせます。未来は明るいのだと。それだけでも大きな意味がある。何処に続くかわからない平坦な道より、目的地に着くことを約束されている険しい道の方が良いに決まっています」
ナツメが微笑む。
顔の造形が綺麗だとか、色香があるとかそういうのではなくて。ただ、この表情が好きだと思う。
できるなら、ずっとそうしていて欲しいと思うほどに、好きだと思う。
「それに、貴女は元々起こる不運を、前もって知っているに過ぎない。最初に道があり、貴女はその道について見たまま伝えているだけなのに、貴女は道を行く全員分を苦しもうとする。――酷な人どころか、貴女は他人のために自分が楽になれない損な人ですよ」
そう言葉を締め括ったナツメが、「では、俺は先に皆と合流します」と足の向きを変える。
「目的地への案内が、私の役目……」
遠くなったナツメの背中に、私は彼が提示した最優先事項を呟いた。
悪路しか知らないのなら、せめてきっちり目的地への案内だけはやり遂げよう。
一度、深く呼吸をする。
それから私は、丘を下る道を歩き始めた。
「貴女の指示は、毎回正確ですからね」
「正確……ね」
そう、手順は間違ってない。知っている手順を踏めば、必ずエンディングまで辿り着ける。
けれど――
「私は、私は本当は、こういった戦略を考えるのが全然得意なんかじゃなくて。こんなろくでもない指示しか出せない私より、もっと良い策を、皆が傷付かないで済む策を考えつく人が大勢いて……」
私の攻略は、ただステージをクリアするためのものでしかない。皆の安全を少しも考慮していない。
「正確」ではあっても、「正しく」はない。
私ではなく、そういった正しい策を知った人がルシスへ来ていたなら――
「その誰かがルシスに来ていたところで、その良い策とやらは実行されていませんよ」
まるでこちらの心を読んだかのように、ナツメが私の思考を遮る。
「忘れましたか? 貴女の策が実行されたのは、俺が口添えしたからです」
「だったらなおさら、貴方が負傷者を減らす策を見逃すはずないわ。言ってたじゃない、私の策が「怪我を負わないこと」を最重要としたものだと思ったから、見てみたいと思ったんだって」
確かに序盤の戦闘においては、「怪我を負わないこと」を重要視していた。けれどそれは『彩生世界』のシステムの都合だ。回復魔法の使用には敵視が補助魔法より高まるというデメリットがある、だから極力避けた。それだけのことだ。
「ナツメは勘違いしてる、私がそうしたのは貴方が思うような優しい理由からじゃない。皆のことを、結局は物語だとしか思ってない私の都合なのっ!」
一息に言い放ち、再度ナツメの拘束からの脱出を試みる。が、今度もそれは叶わなかった。
「……っ」
それどころか、不意に私の髪を梳いてきた彼の手に驚き、逆にしがみついてしまった。
頭を撫でるような、髪で戯れるようなその感触に、すべての意識が向けさせられる。落ち着かないそれが、繰り返されるうちに不思議と気持ちが落ち着いて行く。
「アヤコさんこそ、勘違いしているようです。俺は治した側から怪我をされる不毛な作業に飽き飽きして、そんな現状をどうにかして欲しかっただけです。俺の方こそ、自分の都合ですよ」
そうやって進んで自分が悪者になる人間が「自分の都合」だなんて、よく言う。ナツメはあのとき自分に対して、治療「できてしまう」と言っていた。本気で周りに辟易しているなら周りを悪くいうもので、そんな言い方はしない。
「どうにかしたかったのなら、それこそ私じゃなくて――」
「いいえ、だからこそ貴女でなければ実行されなかったんです」
私より静かな物言いのはずなのに、やけにハッキリと聞こえたナツメの声に、私は思わず口を噤んだ。
「貴女が俺の名を言い当てなければ、俺は貴女に興味が湧かなかった。貴女が俺を名指しで柱の間隔を尋ねなければ、俺は『予言』をもっと疑っていた。貴女でない誰かがそれをやる保証なんてない。貴女でなければ、いけなかったんです」
耳どころか、彼の声は私の頭にまで響いた。私でなければいけなかったと、一瞬ではあっても私は本当に思ってしまった。
「……わかったわ」
負けを認める言葉を返しながら、ナツメの胸を押し返す。今度は彼の腕から逃れることができて、私は彼と向かい合う形になった。
「こうなったらもう楽観的に痛い指示を出してあげるから」
私はビシッとナツメを指差し、口角も上げてみせた。
悪者をやるなら、ナツメより私の方が向いている。優しいこの人を悪者にさせてまで、納得の行く答えが欲しいわけじゃない。
「それでいいんですよ、貴女は。先を知る貴女が楽観視していたなら、それが俺たちを気楽にさせます。未来は明るいのだと。それだけでも大きな意味がある。何処に続くかわからない平坦な道より、目的地に着くことを約束されている険しい道の方が良いに決まっています」
ナツメが微笑む。
顔の造形が綺麗だとか、色香があるとかそういうのではなくて。ただ、この表情が好きだと思う。
できるなら、ずっとそうしていて欲しいと思うほどに、好きだと思う。
「それに、貴女は元々起こる不運を、前もって知っているに過ぎない。最初に道があり、貴女はその道について見たまま伝えているだけなのに、貴女は道を行く全員分を苦しもうとする。――酷な人どころか、貴女は他人のために自分が楽になれない損な人ですよ」
そう言葉を締め括ったナツメが、「では、俺は先に皆と合流します」と足の向きを変える。
「目的地への案内が、私の役目……」
遠くなったナツメの背中に、私は彼が提示した最優先事項を呟いた。
悪路しか知らないのなら、せめてきっちり目的地への案内だけはやり遂げよう。
一度、深く呼吸をする。
それから私は、丘を下る道を歩き始めた。