『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
領主邸から離れるに連れ、人通りが疎らになる。
俺は歩く速度を緩め、二人の遣り取りをやや後方から眺めていた。二人の間には、単純な親しさとは明らかに違った空気が存在していた。
「時間の流れというものを目の当たりにして、心の整理が付いていない。先程、ライフォード様より挨拶があっただろう。俺の父が領主の近衛だった関係で、歳の近い俺とあいつ――ライフォードは友人だった」
「あ……」
ミウさんが短く声を上げて、口許を手で押さえる。ライフォード様の「見ず知らずの私たち」という言葉。それが何を意味するか、彼女も理解したのだろう。
「あいつは俺の前でだけ、「疲れた」だの「面倒」だのを言っていて、あいつ自身からも俺には弱音が吐けるのだと言われていた。自分が領主となる日には、俺に近衛としていて欲しいと、そう言ってくれていた」
「カサハさん……」
「ライフォードはいつか俺の代わりを見つけられるだろうか。そうあって欲しいが、それはそれで複雑だな……」
隠しきれない苦悩の表情、普段とは違う饒舌さが、カサハさんのやるせない感情を表しているようだった。
そんな彼の顔から、ふっと一切の表情が消えた。――いや、いつもの彼に戻ったといった方が正しい。
「俺があの日、セネリアの不審な行動に気付けたなら、センシルカに境界線は発生しなかったのかもしれない。セネリアが許せない以上に、俺は自分が許せない。もしこの場にセネリアが現れたなら、俺は躊躇いなくあの女を殺すだろう」
消えた表情同様、感情も抑揚も無い無機質な声。穏やかでない台詞でありながらその声色が淡泊なことが、却って彼の怒りを際立たせた。ミウさんが息を呑んだのがわかる。
「すまない、怖がらせた。――ああ、そういえばミウにも俺にとってのライフォードのような、仲の良い幼馴染みのような奴がいたんだったな」
当然、カサハさんもそのことに気付いたようで。ハッとした彼が、慌てた様子で取り繕う。
「あっ、はい。一つ年上のお隣のお姉さんで――」
カサハさんの気持ちを汲んだのだろう、ミウさんは年上の幼馴染みの話を始めた。
いつも一緒だから、実の姉妹によく間違われたこと。度々、示し合わせたように同じデザインの服を買っていたこと。カフェで気が合いすぎて、同時に席を立った際にお互いの額をぶつけてしまったこと……。ミウさんが楽しげに話し、しかし彼女は時折どこか遠くを見るような目をしていた。
彼女のそういった姿は、今日に限らず見かけたことがある。そのときも今も、おそらく望郷の念に駆られたのだろう。それは自然と思えた。だからこそ俺は、引っ掛かりを覚えた。
俺は歩く速度を緩め、二人の遣り取りをやや後方から眺めていた。二人の間には、単純な親しさとは明らかに違った空気が存在していた。
「時間の流れというものを目の当たりにして、心の整理が付いていない。先程、ライフォード様より挨拶があっただろう。俺の父が領主の近衛だった関係で、歳の近い俺とあいつ――ライフォードは友人だった」
「あ……」
ミウさんが短く声を上げて、口許を手で押さえる。ライフォード様の「見ず知らずの私たち」という言葉。それが何を意味するか、彼女も理解したのだろう。
「あいつは俺の前でだけ、「疲れた」だの「面倒」だのを言っていて、あいつ自身からも俺には弱音が吐けるのだと言われていた。自分が領主となる日には、俺に近衛としていて欲しいと、そう言ってくれていた」
「カサハさん……」
「ライフォードはいつか俺の代わりを見つけられるだろうか。そうあって欲しいが、それはそれで複雑だな……」
隠しきれない苦悩の表情、普段とは違う饒舌さが、カサハさんのやるせない感情を表しているようだった。
そんな彼の顔から、ふっと一切の表情が消えた。――いや、いつもの彼に戻ったといった方が正しい。
「俺があの日、セネリアの不審な行動に気付けたなら、センシルカに境界線は発生しなかったのかもしれない。セネリアが許せない以上に、俺は自分が許せない。もしこの場にセネリアが現れたなら、俺は躊躇いなくあの女を殺すだろう」
消えた表情同様、感情も抑揚も無い無機質な声。穏やかでない台詞でありながらその声色が淡泊なことが、却って彼の怒りを際立たせた。ミウさんが息を呑んだのがわかる。
「すまない、怖がらせた。――ああ、そういえばミウにも俺にとってのライフォードのような、仲の良い幼馴染みのような奴がいたんだったな」
当然、カサハさんもそのことに気付いたようで。ハッとした彼が、慌てた様子で取り繕う。
「あっ、はい。一つ年上のお隣のお姉さんで――」
カサハさんの気持ちを汲んだのだろう、ミウさんは年上の幼馴染みの話を始めた。
いつも一緒だから、実の姉妹によく間違われたこと。度々、示し合わせたように同じデザインの服を買っていたこと。カフェで気が合いすぎて、同時に席を立った際にお互いの額をぶつけてしまったこと……。ミウさんが楽しげに話し、しかし彼女は時折どこか遠くを見るような目をしていた。
彼女のそういった姿は、今日に限らず見かけたことがある。そのときも今も、おそらく望郷の念に駆られたのだろう。それは自然と思えた。だからこそ俺は、引っ掛かりを覚えた。