『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
『救う側の者』
(いた! 間に合った)
私は目標地点まで着て、近くの物陰に身を隠した。そこから美生の様子を窺う。
カサハの個別シナリオは、市場巡りの途中で始まる。カサハが魔獣を発見し、それを追った彼を美生がさらに追いかけるといったものだ。この時点でカサハの好感度が足りていれば、美生はここの分かれ道で正解である右の道を選ぶことになる。
(よし、右に行った!)
順調にフラグが立っているようだ。私はふぅっと一息ついた。
運動不足に全力疾走はきつすぎる。バクバクと脈打つ心臓が収まるのを待ってから、私は元来た道を引き返そうとして――
「おや、姉ちゃん。こんなところに一人でどうしたの~?」
「……」
そこで酔っ払いらしき中年男にエンカウント。
路地裏というのは、もれなく何かしらのフラグが立ってしまう場所なのだろうか。思わず顔が引き攣る。
「聞いてよ、おじさんね~、かあちゃんに追い出されちゃったのよ。姉ちゃんが一緒に飲んでよ」
ここで現れたのがナンパではなく酔っ払いなあたりが、聖女じゃないほうらしいというか何というか。
目だけを動かし、路地の幅を確認する。かわして駆け抜ける……には、ちょっと狭い。
ここより奥――美生が走って行った先はゲーム内では見たことがない。けれど美生が不正解である左を選んだ場合でも、迷子にならず宿に戻れたことからして、そう複雑な道に繋がってはいなさそう。私はそう判断し、身体を反転させた。
「ぐぁっ!」
直後、突然に間近から聞こえた悲鳴に思わずバッと後ろを振り返る。
「あがっ!」
そして私は、そこにあった光景に唖然とした。
壁にぶち当たった酔っ払いが、ずるずると崩れ落ちる。気絶した酔っ払いに無表情で一瞥をくれる……ナツメ。
いつの間に追い付いていたのか。いやそれよりも。
(グーで殴ったよ、この治療士!)
ナツメの右フックは酔っ払いの右頬に、見事なまでに綺麗に入っていた。足元にさっきまでは無かった石(男性の拳大)が転がっているあたり、一回目の悲鳴はそれが投げつけられた際のものと思われる。
治療士であるナツメの攻撃エモーションなど、ゲーム中には存在しない。これが驚かずにいられようか。
「それで、この後はどうしますか? まだ走るなら付き合いますよ」
呆けていたところを、ナツメに手を取られる。
そのことで私は、ようやく我に返った。
「酔っ払いについて完全にスルーなのね……いやまあ最初から有無を言わさず殴ってたけどね、貴方」
「酔っ払い? 呑気ですね、貴女は。この男の右手首の辺りに違和感がありました。薬だか刃物だかを持っていたと思います」
「へ?」
しれっとナツメは返してきたが、今のはどう考えても聞き流してはいけない内容……よね?
「気付きませんでしたか?」
「いやいや、気付くわけないでしょ。ナツメじゃあるまいし」
「そうですよ。だから俺から離れないで下さい」
「そ――」
「そうはいっても」。言い掛けて、私は止めた。
いつものように涼しい顔で話しているとばかり思っていたナツメは、よく見れば肩で息をしていた。そうなって当然だ、私と違って彼は道順など知らない。きっと捜し回ったはず。
「……ごめん」
「もう用事が済んだなら、帰りますよ」
ナツメがまだ気絶したままの男性を跨いで、こちらに来る。
それから私は彼に手を引かれ、宿までの帰路に着いた。
私は目標地点まで着て、近くの物陰に身を隠した。そこから美生の様子を窺う。
カサハの個別シナリオは、市場巡りの途中で始まる。カサハが魔獣を発見し、それを追った彼を美生がさらに追いかけるといったものだ。この時点でカサハの好感度が足りていれば、美生はここの分かれ道で正解である右の道を選ぶことになる。
(よし、右に行った!)
順調にフラグが立っているようだ。私はふぅっと一息ついた。
運動不足に全力疾走はきつすぎる。バクバクと脈打つ心臓が収まるのを待ってから、私は元来た道を引き返そうとして――
「おや、姉ちゃん。こんなところに一人でどうしたの~?」
「……」
そこで酔っ払いらしき中年男にエンカウント。
路地裏というのは、もれなく何かしらのフラグが立ってしまう場所なのだろうか。思わず顔が引き攣る。
「聞いてよ、おじさんね~、かあちゃんに追い出されちゃったのよ。姉ちゃんが一緒に飲んでよ」
ここで現れたのがナンパではなく酔っ払いなあたりが、聖女じゃないほうらしいというか何というか。
目だけを動かし、路地の幅を確認する。かわして駆け抜ける……には、ちょっと狭い。
ここより奥――美生が走って行った先はゲーム内では見たことがない。けれど美生が不正解である左を選んだ場合でも、迷子にならず宿に戻れたことからして、そう複雑な道に繋がってはいなさそう。私はそう判断し、身体を反転させた。
「ぐぁっ!」
直後、突然に間近から聞こえた悲鳴に思わずバッと後ろを振り返る。
「あがっ!」
そして私は、そこにあった光景に唖然とした。
壁にぶち当たった酔っ払いが、ずるずると崩れ落ちる。気絶した酔っ払いに無表情で一瞥をくれる……ナツメ。
いつの間に追い付いていたのか。いやそれよりも。
(グーで殴ったよ、この治療士!)
ナツメの右フックは酔っ払いの右頬に、見事なまでに綺麗に入っていた。足元にさっきまでは無かった石(男性の拳大)が転がっているあたり、一回目の悲鳴はそれが投げつけられた際のものと思われる。
治療士であるナツメの攻撃エモーションなど、ゲーム中には存在しない。これが驚かずにいられようか。
「それで、この後はどうしますか? まだ走るなら付き合いますよ」
呆けていたところを、ナツメに手を取られる。
そのことで私は、ようやく我に返った。
「酔っ払いについて完全にスルーなのね……いやまあ最初から有無を言わさず殴ってたけどね、貴方」
「酔っ払い? 呑気ですね、貴女は。この男の右手首の辺りに違和感がありました。薬だか刃物だかを持っていたと思います」
「へ?」
しれっとナツメは返してきたが、今のはどう考えても聞き流してはいけない内容……よね?
「気付きませんでしたか?」
「いやいや、気付くわけないでしょ。ナツメじゃあるまいし」
「そうですよ。だから俺から離れないで下さい」
「そ――」
「そうはいっても」。言い掛けて、私は止めた。
いつものように涼しい顔で話しているとばかり思っていたナツメは、よく見れば肩で息をしていた。そうなって当然だ、私と違って彼は道順など知らない。きっと捜し回ったはず。
「……ごめん」
「もう用事が済んだなら、帰りますよ」
ナツメがまだ気絶したままの男性を跨いで、こちらに来る。
それから私は彼に手を引かれ、宿までの帰路に着いた。