『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
(そうだった……)

 邸に入った直後、私はゲームの画面そっくりのその光景に、思い出した。
 ロの字型をしているこの二階建ての邸。目の前にそびえるは、貴族の邸にありがちな大きな大きな階段。客室は……その階段を上がったところにある。

「客室は二階の東側になります。アヤコさん、部屋はこちらの一存で割り振って問題ありませんか?」
「え、あ、うん。大丈夫、ここは細かい設定なかったから……」

 私はナツメに答えながら、客室までの道程に立ち塞がる階段という名の伏兵と対峙していた。

「あ、ナツメ。僕は先に書斎を借りたい。この辺の地図とかあるよね?」
「ありますよ。書斎は一階東側の手前から三つ目の部屋です。人を遣りますので、部屋に戻るときはその者に聞いて下さい」
「わかった。よろしく」
「俺は邸の構造を確認したいのだが、勝手に出歩いて構わないか?」
「問題ありません。荷物はこの辺りに置いてもらって大丈夫ですよ、運んで貰いますので。それから一階西側に行けば誰かしらいるので、部屋の場所を含め何かあれば彼らに聞いて下さい」
「わかった」

 ルーセンが書斎へ向かい、カサハが今入ってきた扉から前庭へ出て行く。……二人とも、きびきびしてるなあ。
 私が羨望の眼差しで二人を見送っている間に、ナツメは美生に彼女の部屋の場所を伝えていた。次いで聞かされた私の部屋も、当然二階。着いて早々次の行動に移っている彼らの後では、「もう疲れたから一階の応接室にでも転がらせて」とは余計言い難い。頑張って階段を上ろう……。

「どうやらかなり()(ろう)(こん)(ぱい)な感じですね。俺がアヤコさんを部屋まで持って行きましょうか?」
「持って行くって……言い方」
「彩子さん大丈夫ですか? 私、肩貸します」

 隣の部屋になった美生が、心配そうな顔で申し出てくれる。が、その貸してくれるという華奢な肩に(もた)れるという選択肢はあるのか、いや無いだろう。

「ナツメ」
「はい」
「持ってって」
「承りました」

 ナツメが笑って背を向ける。その隠そうともしない、笑いよう……!
 丁度良い角度に屈んだ彼の背中に、私は遠慮なく脱力しておぶさってやった。

「美生もありがとう」
「いえ、それじゃあ私は先に部屋で休ませてもらいますね」
「また後でね」

 美生が軽快に階段を上がって行く。
 年齢の違いはあるだろうけど、ここまで差があるのはヒロイン補正という奴なのでは。山道も平気そうだったし、これもまた聖女じゃないほうの弊害のように思えてきた。

「一人だけフラフラとか、情けないなあ。ナツメ、悪いけどよろしく……」
「では行きますよ」
「わっ」

 予想外に軽々と持ち上げられ、驚いて思わずナツメにしがみつく。

「すごいわね。私は昔から背が高かったから、おんぶなんてしてもらったの二十年は前の話だわ」
「そうですか。二十年後でもしてあげますよ」
「ふふっ、まるで殺し文句ね」

 階段も楽々上っていくナツメが楽しくて、私は笑われたことも忘れてすっかり上機嫌になっていた。
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