『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「楽しそうですね」
私の気分はナツメにも伝染したらしい。そう言ってきた彼も、何だか楽しそうな声に聞こえた。
「正解。ナツメは重いだろうけどね」
「いいえ? 貴女がご希望なら、背中と言わず膝でも腹でも好きな場所に乗せてあげますよ」
「あははっ、それはまた随分と行き届いたオプションね。おかしい」
程なくして二階の東側、一番手前の部屋の前に到着する。先程ナツメが言っていた、私に割り当てられた部屋だ。一刻も早く休みたかったはずが、いざ着いてみるとナツメの抜群の乗り心地が少し惜しいと思ってしまった。
「ありがとう、ナツメ。本当、いつもいつも貴方にはお世話になってばかりだわ」
ナツメの背中から降り、私は彼の正面に立って礼を言った。
人一人おぶって階段を上ってきたはずのナツメは、けろっとしていた。皆、強い……。
「構いませんよ。でも、そうですね。折角だから礼代わりに、俺の名前を呼んでもらっていいですか?」
「? ナツメ?」
「礼代わり」の意味は解らなかったが、呼んで欲しいと言われた彼の名を私は呼んだ。
その間、ナツメが妙にこちらの唇を見つめている気がして、どぎまぎする。
「以前から思っていたんです。どういう原理なのか、貴女は貴女の母国語を話しているようなのに、俺たちと話が通じている。つまり、俺たちが聞いているのはお互いの意訳なのではないかと」
「え? そうなんだ」
普通に考えればそうなんだろうが、そもそも考えようと思ったこともなかった。ゲーム画面では当然、すべて日本語で表記される。私からすれば、ナツメたちが話している言語が実はルシス語(?)だったことの方が驚きだ。
「貴女とミウさんは、話しているときの口の形が内容と異なるんです。もう一度俺の名前を呼んで貰っていいですか?」
「ナツメ」
「ああ、やっぱり。それはルシスと同じ口の動きです。叶うならすべての会話においてありのままで聞いてみたいところですが、それでも貴女そのものの言葉で俺の名が聞けるのは、素直に嬉しいですね」
「そ、そう」
ナツメが唇を見つめていた理由は判明したが、落ち着くどころか鼓動は余計に速くなる。
「ナツメ⁉」
しかもそこにきて彼が私の手を取り指先に口付けたものだから、触れられた箇所に否応なく目が釘付けになる。
「それでは、よく休んで下さいね。アヤコさん」
指から僅かに離れた場所で、ナツメの唇が動く。
ナツメの顔が離れ、手が離れ。そして彼の姿が廊下の曲がり角に消えても、私は感覚の残る指先をぼうっと見ていた。
(ああ、うん。名前は同じ口の動きだったと思う。うん)
扉に背を凭れて、やはりぼうっとした頭で思う。
次いでバッと両手で熱くなった顔を覆う。
「絶対、確信犯でしょ。あの男……」
恨み節も出てくるというもの。さっきまで以上に身体に力が入らない。
私は送ってもらった部屋を目前にして、扉に凭れたままの小憩を取らざるを得なかった。
私の気分はナツメにも伝染したらしい。そう言ってきた彼も、何だか楽しそうな声に聞こえた。
「正解。ナツメは重いだろうけどね」
「いいえ? 貴女がご希望なら、背中と言わず膝でも腹でも好きな場所に乗せてあげますよ」
「あははっ、それはまた随分と行き届いたオプションね。おかしい」
程なくして二階の東側、一番手前の部屋の前に到着する。先程ナツメが言っていた、私に割り当てられた部屋だ。一刻も早く休みたかったはずが、いざ着いてみるとナツメの抜群の乗り心地が少し惜しいと思ってしまった。
「ありがとう、ナツメ。本当、いつもいつも貴方にはお世話になってばかりだわ」
ナツメの背中から降り、私は彼の正面に立って礼を言った。
人一人おぶって階段を上ってきたはずのナツメは、けろっとしていた。皆、強い……。
「構いませんよ。でも、そうですね。折角だから礼代わりに、俺の名前を呼んでもらっていいですか?」
「? ナツメ?」
「礼代わり」の意味は解らなかったが、呼んで欲しいと言われた彼の名を私は呼んだ。
その間、ナツメが妙にこちらの唇を見つめている気がして、どぎまぎする。
「以前から思っていたんです。どういう原理なのか、貴女は貴女の母国語を話しているようなのに、俺たちと話が通じている。つまり、俺たちが聞いているのはお互いの意訳なのではないかと」
「え? そうなんだ」
普通に考えればそうなんだろうが、そもそも考えようと思ったこともなかった。ゲーム画面では当然、すべて日本語で表記される。私からすれば、ナツメたちが話している言語が実はルシス語(?)だったことの方が驚きだ。
「貴女とミウさんは、話しているときの口の形が内容と異なるんです。もう一度俺の名前を呼んで貰っていいですか?」
「ナツメ」
「ああ、やっぱり。それはルシスと同じ口の動きです。叶うならすべての会話においてありのままで聞いてみたいところですが、それでも貴女そのものの言葉で俺の名が聞けるのは、素直に嬉しいですね」
「そ、そう」
ナツメが唇を見つめていた理由は判明したが、落ち着くどころか鼓動は余計に速くなる。
「ナツメ⁉」
しかもそこにきて彼が私の手を取り指先に口付けたものだから、触れられた箇所に否応なく目が釘付けになる。
「それでは、よく休んで下さいね。アヤコさん」
指から僅かに離れた場所で、ナツメの唇が動く。
ナツメの顔が離れ、手が離れ。そして彼の姿が廊下の曲がり角に消えても、私は感覚の残る指先をぼうっと見ていた。
(ああ、うん。名前は同じ口の動きだったと思う。うん)
扉に背を凭れて、やはりぼうっとした頭で思う。
次いでバッと両手で熱くなった顔を覆う。
「絶対、確信犯でしょ。あの男……」
恨み節も出てくるというもの。さっきまで以上に身体に力が入らない。
私は送ってもらった部屋を目前にして、扉に凭れたままの小憩を取らざるを得なかった。