『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「俺は逆にこの順序の方が、相手にとっても好都合ではと思っています。とはいえ、俺も食堂でミウさんの話を聞いた直後なら、カサハさんと同じように感じたでしょう。計画が終わり次第速やかに二人を帰さなければと。ですが――」

 俺はいったん言葉を句切り、カサハさんの様子をそれとなく窺った。
 思った通り、彼は俺の返答に耳を傾けている。それでいて彼は何故自分がそうしているのか、その根底にあるものをわかってはいないのだろう。

「俺はアヤコさんの話を聞いたときに、別の感想を抱きました。本人が否定したように、本当に軟禁生活を強いられていたわけではないと思います。それなりに生活を楽しんでいたようにも見えました。ですが、彼女の元の世界がその程度なら俺でも勝てるのではと、そう思ったんです」
「召喚された当人にとって、元の世界が「その程度」なわけないだろう」
「それが俺たちの先入観だとしたら?」

 想定内の反論に、俺は今回の論点を明確にした。
 カサハさんが「先入観?」と、俺の言葉を鸚鵡返しする。そんな彼に、俺は頷いてみせた。

「異世界から喚んだ人間は、元の世界への帰還を望む。本来それは、俺たちの(あずか)り知らぬ問題です。だから先入観と言いました。改めて考えれば、元の世界に帰したからといって帰った相手が幸せになる確証は無く、確かめる術も無い。それなら目の届く場所にいる相手に、最大限手を尽くした方がいい。満点でなくとも及第点を貰えれば、おそらく相手はルシスに残ります。未来が不確定なのは、相手側にとってもわかりきったことでしょうから」

 まだあくまで俺の話として聞いているカサハさんから、俺はミウさんへと視線を移した。
 彼女の方はどうやら、俺が「異世界から喚んだ人間」と表現した理由を理解したようだった。

「彩子さんが、ルシスに残るかは先送りにしてもナツメさんとお付き合いすることにした気持ち、解った気がします」
「ミウ?」

 カサハさんが目を瞠り、ミウさんを見る。
 ミウさんは言葉を探すように「えっと」と宙に視線を彷徨わせた後、カサハさんに向き直った。

「その……人が見ている世界って、結局「人」なのかもって、そう思いました」
「世界が人?」
「はい、人です。どんなにたくさんの人が周りにいても、知ってる人が一人もいないと、人は孤独を感じます。美しい景色も美味しい食べ物も、人は誰かとそれを見たいし食べたい。世界がどんな姿をしていても、人が見てるのはそこにいる人なんじゃないかって。私は、そう思ったんです」

 やはりミウさんは当事者意識があるからか、俺より具体的な内容に感心する。
 これにはカサハさんも彼女の言いたいことがわかったのだろう、彼の難しい顔は納得顔に変わっていた。

「だからナツメが世界と勝負といったのが、的を射てると思ったのか。世界が人なら、話は単純な女の取り合いになるな。なるほど、理解した」

 「女の取り合い」という表現が受けたのか、ミウさんが思わずといった感じで笑う。

「私や彩子さんの住む世界ってとても広いんですよ。同じ世界の人であっても、それこそ一度別れたら会えないほど、遠い場所に住んでいる人が大勢います。だから、実はそう有り得ない話でもないのかなって、そう思ったのもあります」

 ミウさんの補足説明に、俺の方もより納得させられる。
 ルシスは、行こうと思えば行ける距離に世界の果てがある。そう滅多なことでは、今生の別れとはならない。

「偶然この人と思える人と出会う機会があって、好きになって、そしてお互いの想いが通じたなら、きっと私も恋人になりたいと思います。いつかその人が帰る遠い場所へ付いて行くかまでは、決められなくても。出会ってしまったことも、好きになってしまったことも、そうなった後では変えられませんから」

 今生の別れが身近であるなら、ミウさんがいうような刹那的な考えを持っていてもおかしくはない。そしてミウさんが今の考えに基づいて今後行動するなら、アヤコさんに良い影響を与えそうだ。勿論、俺にとって好都合という意味で。
 すっきりとした表情で一人頷いていたミウさんを横目に、俺はほくそ笑んだ。

「まあそういうわけで、俺が多少行き過ぎたことを口にしていても大目に見て下さい。では、俺は出かけてきますね」

 イスタ邸での二人を見ていた限り、アヤコさんとミウさんは仲が良い。機会さえあれば、今日明日にでもミウさんはアヤコさんに恋愛相談を持ち掛けるかもしれない。
 そんな期待を胸に、俺は門の方へと向かって歩き出した。
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