『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
恋バナ
「彩子さんて、ナツメさんとお付き合いしてるんですよね?」
「え?」
鏡台の前に座る美生の髪をブラシで梳いていた私は、唐突にきた彼女の質問に素で返してしまった。
這々の体で過ごした昨日の午後から一夜明け、今日は美生が登城する日。
ガチガチに緊張していた彼女に、何か気の紛れる話でもしようかと言ったのは確かに私。そして気の紛れる話と聞いて、美生が恋バナを連想したのも予想範囲内。しかし、その恋バナに出てきたカップリングが何故、私とナツメ?
(って、あ、センシルカのときの!)
そういえば、そういう話になっていたんだった。私の中ではもう目的を達成していたので、そんな設定すっかり忘れていた。
鏡越しに美生を見る。その期待に満ちた眼差し、この状況でナツメとは恋人の振りをしていたとは……とてもじゃないが言い出せない。
「――ああ、うん。そうね」
「彩子さんは、どんなときにナツメさんが好きって気持ちに気付いたんですかっ?」
食いつきがすごい。食いつきがすごいよ、美生! 目が輝いてる!
美生のやはり鏡越しに私を見てくる視線が熱い。そういうのは攻略対象だけにやってあげて?
「そ、そうね……えっと……」
うーん、なんと答えたら良いものか。悩む。
勿論、悩むのはナツメの良いところがわからないという理由じゃない。恋が始まる理由になりそうなナツメの長所なら、たくさん知っている。問題は、美生が『彩生世界』の主人公ということだ。
攻略対象キャラの長所や短所は、どうしても個別シナリオで語られるものが多い。特にナツメは、共通ストーリーでは本来かなり塩対応なキャラだったりする。恋バナになりそうな彼の魅力を語るには、美生が知る機会がないはずの彼のシナリオにどうしても触れてしまう。それはやっぱりまずいだろう。
「あー……、最初にナツメも言ってたと思うけど、私、彼の顔がすごく好みなのよ。そう、とても」
悩んだ末、私は既に美生たちに話していた理由を流用した。ごめん、ナツメ。私が説明できないばっかりに顔だけ男みたいになってしまって。
心の中でナツメに謝りつつ、私は持っていたブラシを鏡台へと置いた。
「そうなんですねっ。ふふっ、何だか安心しました。恋って、些細なことでも始まるんだなって」
「安心?」
「私、カサハさんに恋をしてるんだと思います。でもいつからだろうって考えても、わからなくて。だから彩子さんが、何か特別なきっかけがあって恋が始まったわけじゃないとわかって、安心しました」
「あー、なるほどね」
適当な答になったことが、却って功を奏したらしい。恋する乙女のその表情、守りたい。これは元の世界に帰るまで、ナツメに口裏を合わせてもらう必要がありそうだ。
「彩子さんとナツメさんは、こう、すごく解り合っている感じがして、とても羨ましいです」
「うーん、私たちの場合は解り合っているというか、私は最初からナツメがどんな人物かある程度物語で知っているし、ナツメはナツメで勘のいい人だからだと思う」
ナツメのことが好きかと問われれば、好きには違いない。けれど色恋という意味でナツメを好きになっても仕方がないことを、私は知っている。何せ私は聖女じゃないほう。美生とは違い、元の世界に帰ることは決定事項なのだから。
「え?」
鏡台の前に座る美生の髪をブラシで梳いていた私は、唐突にきた彼女の質問に素で返してしまった。
這々の体で過ごした昨日の午後から一夜明け、今日は美生が登城する日。
ガチガチに緊張していた彼女に、何か気の紛れる話でもしようかと言ったのは確かに私。そして気の紛れる話と聞いて、美生が恋バナを連想したのも予想範囲内。しかし、その恋バナに出てきたカップリングが何故、私とナツメ?
(って、あ、センシルカのときの!)
そういえば、そういう話になっていたんだった。私の中ではもう目的を達成していたので、そんな設定すっかり忘れていた。
鏡越しに美生を見る。その期待に満ちた眼差し、この状況でナツメとは恋人の振りをしていたとは……とてもじゃないが言い出せない。
「――ああ、うん。そうね」
「彩子さんは、どんなときにナツメさんが好きって気持ちに気付いたんですかっ?」
食いつきがすごい。食いつきがすごいよ、美生! 目が輝いてる!
美生のやはり鏡越しに私を見てくる視線が熱い。そういうのは攻略対象だけにやってあげて?
「そ、そうね……えっと……」
うーん、なんと答えたら良いものか。悩む。
勿論、悩むのはナツメの良いところがわからないという理由じゃない。恋が始まる理由になりそうなナツメの長所なら、たくさん知っている。問題は、美生が『彩生世界』の主人公ということだ。
攻略対象キャラの長所や短所は、どうしても個別シナリオで語られるものが多い。特にナツメは、共通ストーリーでは本来かなり塩対応なキャラだったりする。恋バナになりそうな彼の魅力を語るには、美生が知る機会がないはずの彼のシナリオにどうしても触れてしまう。それはやっぱりまずいだろう。
「あー……、最初にナツメも言ってたと思うけど、私、彼の顔がすごく好みなのよ。そう、とても」
悩んだ末、私は既に美生たちに話していた理由を流用した。ごめん、ナツメ。私が説明できないばっかりに顔だけ男みたいになってしまって。
心の中でナツメに謝りつつ、私は持っていたブラシを鏡台へと置いた。
「そうなんですねっ。ふふっ、何だか安心しました。恋って、些細なことでも始まるんだなって」
「安心?」
「私、カサハさんに恋をしてるんだと思います。でもいつからだろうって考えても、わからなくて。だから彩子さんが、何か特別なきっかけがあって恋が始まったわけじゃないとわかって、安心しました」
「あー、なるほどね」
適当な答になったことが、却って功を奏したらしい。恋する乙女のその表情、守りたい。これは元の世界に帰るまで、ナツメに口裏を合わせてもらう必要がありそうだ。
「彩子さんとナツメさんは、こう、すごく解り合っている感じがして、とても羨ましいです」
「うーん、私たちの場合は解り合っているというか、私は最初からナツメがどんな人物かある程度物語で知っているし、ナツメはナツメで勘のいい人だからだと思う」
ナツメのことが好きかと問われれば、好きには違いない。けれど色恋という意味でナツメを好きになっても仕方がないことを、私は知っている。何せ私は聖女じゃないほう。美生とは違い、元の世界に帰ることは決定事項なのだから。