『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「彼女は俺の母親でなかったなら、今でも生きていたんでしょうか。あるいはそれ以前に、俺が存在しなかったなら――」
「ナツメが存在しなかったら、私が大損していたわ」
『存在しなかったなら良かった』。彼が言おうとした言葉を、私は遮った。
「……アヤコさんが、大損ですか?」
「そうよ」
ナツメの背に回した腕の力を弛め、そっと包み込む触れ方に変える。
それから私は一度大きく息を吸い、吐いた。
「ナツメがいたから、ナツメや皆に私は会えた。皆と出会えて、「あー、楽しい」って思ったことが何度もあったわ。元の世界にいた時に最後にそんなふうに思ったのって、随分昔だったなって思ったのよ。ナツメが私にその貴重な体験をくれた」
重い空気を払拭するように、軽い口調で一息に言う。
「だから大損ですか」
「そう」
ナツメの背をポンポンと叩けば、今度は僅かだけれど楽しげな彼の笑い声が聞こえた。
「ふふっ、俺は、とことん親不孝者のようです。母に早くお前もこちら側に来いと呼ばれても、生きて傍にいたい人がいるのだと、間違いなくその誘いを断るでしょうから。それも、躊躇いなく」
「是非そうして」
元気が出た様子のナツメに、もういいだろうと手を離そうとして、けれど離れ難くなる。触れた彼の体温が恋しいと、そんな気持ちが確かに存在する。
(この腕の中は、安心する……)
正直、今でもナツメへの好意が恋愛感情なのかはわからない。けれど、ルシスに残るのも悪くはないと思ってしまっているのは確かだ。
(もし、ルシスに残ったとしたら……)
衣食住――は、エンディングまで行ったら、イスタ邸の空き部屋を交渉してみたらいい。
仕事――は、元の世界でもずっと仕事があるとは限らないから、こちらで再就職はアリ。
人間関係――は、寧ろ広がったくらいだ。
両親は存命だが、彼らは海外にいてもう何年も会っていない。行方不明の連絡を受けたところで、届け出を出すくらいしかしないだろう。躍起になって探すというのは、想像できない。
私も私で、死亡連絡が来ないから両親は生きているのだろうくらいの感覚。私たちの親子関係は良い悪い以前に、ただ疎遠だった。
(困らない――わね)
初日同様の結論が出て、私は苦笑した。
(予言者の役目が終わったなら、そのときは――)
バンッ
「⁉」
思考の海に沈んでいたところを、大きな物音で現実に引き戻される。見れば、部屋の扉を大きく開け放ったルーセンが険しい表情で立っていた。
「ナツメ、アヤコ、外、外を見て!」
半ば叫びながら室内に入ってきたルーセンが、真っ直ぐに窓へと向かう。
ルーセンとすれ違ったところで私は、まだナツメと抱き合ったままだったことを思い出し、慌てて身を離した。
ナツメも呆気に取られていたのか、難なくその腕が外れる。
私とナツメが注目する中、ルーセンは引かれていた厚手のカーテンを手荒く掴み、全開した。
途端、部屋の中に光りが差し込む。今日は月も見えない暗い夜だったはずなのに。
「これは……」
ナツメが窓辺に駆け寄る。
光源は探すまでもなかった。王都の各地でシャボン玉のような光がゆらゆらと昇り、空に溶けて消える。王都は次々と生まれ消えるそれらによって、まるで光る霧にでも包まれているかのようだった。
「マナの、光……?」
光の名称を、ナツメが口にする。
信じ難いといった、掠れた声で。
食い入るように光を見ていたナツメが、ぎこちない動きでルーセンを見る。
ルーセンはやはり険しい顔つきのまま、ナツメに頷いて見せた。
「魔獣が王都の人たちから、大量にマナを抜いているんだ!」
「ナツメが存在しなかったら、私が大損していたわ」
『存在しなかったなら良かった』。彼が言おうとした言葉を、私は遮った。
「……アヤコさんが、大損ですか?」
「そうよ」
ナツメの背に回した腕の力を弛め、そっと包み込む触れ方に変える。
それから私は一度大きく息を吸い、吐いた。
「ナツメがいたから、ナツメや皆に私は会えた。皆と出会えて、「あー、楽しい」って思ったことが何度もあったわ。元の世界にいた時に最後にそんなふうに思ったのって、随分昔だったなって思ったのよ。ナツメが私にその貴重な体験をくれた」
重い空気を払拭するように、軽い口調で一息に言う。
「だから大損ですか」
「そう」
ナツメの背をポンポンと叩けば、今度は僅かだけれど楽しげな彼の笑い声が聞こえた。
「ふふっ、俺は、とことん親不孝者のようです。母に早くお前もこちら側に来いと呼ばれても、生きて傍にいたい人がいるのだと、間違いなくその誘いを断るでしょうから。それも、躊躇いなく」
「是非そうして」
元気が出た様子のナツメに、もういいだろうと手を離そうとして、けれど離れ難くなる。触れた彼の体温が恋しいと、そんな気持ちが確かに存在する。
(この腕の中は、安心する……)
正直、今でもナツメへの好意が恋愛感情なのかはわからない。けれど、ルシスに残るのも悪くはないと思ってしまっているのは確かだ。
(もし、ルシスに残ったとしたら……)
衣食住――は、エンディングまで行ったら、イスタ邸の空き部屋を交渉してみたらいい。
仕事――は、元の世界でもずっと仕事があるとは限らないから、こちらで再就職はアリ。
人間関係――は、寧ろ広がったくらいだ。
両親は存命だが、彼らは海外にいてもう何年も会っていない。行方不明の連絡を受けたところで、届け出を出すくらいしかしないだろう。躍起になって探すというのは、想像できない。
私も私で、死亡連絡が来ないから両親は生きているのだろうくらいの感覚。私たちの親子関係は良い悪い以前に、ただ疎遠だった。
(困らない――わね)
初日同様の結論が出て、私は苦笑した。
(予言者の役目が終わったなら、そのときは――)
バンッ
「⁉」
思考の海に沈んでいたところを、大きな物音で現実に引き戻される。見れば、部屋の扉を大きく開け放ったルーセンが険しい表情で立っていた。
「ナツメ、アヤコ、外、外を見て!」
半ば叫びながら室内に入ってきたルーセンが、真っ直ぐに窓へと向かう。
ルーセンとすれ違ったところで私は、まだナツメと抱き合ったままだったことを思い出し、慌てて身を離した。
ナツメも呆気に取られていたのか、難なくその腕が外れる。
私とナツメが注目する中、ルーセンは引かれていた厚手のカーテンを手荒く掴み、全開した。
途端、部屋の中に光りが差し込む。今日は月も見えない暗い夜だったはずなのに。
「これは……」
ナツメが窓辺に駆け寄る。
光源は探すまでもなかった。王都の各地でシャボン玉のような光がゆらゆらと昇り、空に溶けて消える。王都は次々と生まれ消えるそれらによって、まるで光る霧にでも包まれているかのようだった。
「マナの、光……?」
光の名称を、ナツメが口にする。
信じ難いといった、掠れた声で。
食い入るように光を見ていたナツメが、ぎこちない動きでルーセンを見る。
ルーセンはやはり険しい顔つきのまま、ナツメに頷いて見せた。
「魔獣が王都の人たちから、大量にマナを抜いているんだ!」