『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「ガラム地方の大半が果てに呑まれたとき、旧王都にて王女三人により『神に繋がる柱』が立てられた。柱から黒い霧を(まと)った『滅びと再生の使者』が降り立ち、その使者は王都の人間と引き換えに果てを塞いだ」

 カサハが該当の記述に指を添えながら、内容を読み上げる。

「状況から考えるに、『神に繋がる柱』は境界線。『滅びと再生の使者』は魔獣でしょうね」

 ナツメがそう付け加え、それから彼は一笑した。

「なるほど。これは確かに禁書でしょう。世界が滅びかけ、そしてそれを防ぐために王族が民を生け贄に捧げたんですから」
「旧王都が壊滅した原因は、重度の記憶障害による廃人が多数出たことでの都市機能の麻痺とあるな」

 カサハが、パラパラと頁を(めく)る。
 それを目で追っていたルーセンは、魔獣らしき挿絵のところで眉を(ひそ)めた。

「よく考えたらさ、王都の遷都先が砦っておかしいわけだよね。どれだけ人が減ったんだよって話」
「境界線が『神に繋がる柱』と表現されているあたり、魔獣に人間のマナを集めさせているのはルシスということになりますね」
「う、わー……。ルシスが不完全なことは知ってたけど、まさか(ほころ)びを直すのに人間からマナを集めてたとはね。それは初耳」
「ルシスが不完全、ですか?」
「あ、まずい。これ言っちゃっていいのかな……」
「いいも何も、今既に言いましたよね」

 ナツメの指摘に、ルーセンが「ぐっ」と呻き声を漏らす。それからルーセンは、大袈裟に溜息を()いてみせた。

「あー、はいはい。言いました言いました。そう、生まれつき身体の弱い人間がいるように、ルシスも不完全なまま生まれてしまった世界なんだよね。だから原因らしい原因が無くても、バンバン果てが出来ちゃうわけ。ほっといたら滅んじゃうわけ。正直、本気でセネリアが神に取って代わっても良かったんじゃないかなって、僕は思うときがあるよ」

 「はぁ」と、ルーセンが二度目の大きな溜息を吐く。

「特に今の本に出てきたガラム地方は、果てが出来やすい場所の筆頭だね。ガラム地方自体が広い土地だから、その大半となると相当な広範囲になると思うよ」
「ガラム地方は、ルシスの北。ルシスの東に位置する旧王都――イスミナ地方からは見えない土地です。それなのに王女たちがそういった行動に出たということは、神託があったのかもしれませんね」
「それはどうだろ。普段は人間に有益な神託を出してるルシスだよ、それなりに愛着があるはず。生け贄を差し出せなんて言うかな?」
「――聞こえた、という可能性もあります」
「聞こえた?」

 本を見ながら呟くように仮説を展開したナツメに、ルーセンもやはり本を見たまま返した。

「これも人間に例えるなら、当時のルシスは腕なり足なりが欠損したような重傷。大体の人間ならこう叫ぶでしょう、『誰でもいいから助けてくれ』と。王族はその叫びを聞いたのでは?」
「……っ」

 ルーセンが目を瞠り、ナツメを見る。
 それから何かを言い掛けて――しかし彼はその口を閉じた。
 俯き喉元に手を当てたルーセンが、唇の動きだけで言葉にする。

 『それでも、どうして』

 この言葉は、ゲームのプレイヤーにしか知られない。

(そういえばルーセンは、ここで初めて疑問を抱くんだっけ……)

 私はまた皆から距離を取り、遠目にルーセンの挙動を目で追った。
 『ルシスを殺し、取って代わるつもりだった』、これはセネリアが直接語った言葉ではない。自分の独断と偏見だったことに気付いたルーセンは、真相を知りたいと思い始める。

(多分、無意識では最初からどこか真相について勘付いてはいたんだろうな)

 鬼気迫る形相で本探しを再開したルーセンを、私は胸が塞がる思いで見ていた。
< 76 / 123 >

この作品をシェア

pagetop