『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
 ザッ
 ザッ
 暫く皆の足音だけが続く。

「風が出てきたな」

 そこへカサハの一言が耳に届き、私はギクリとして空を見上げた。

(待って、その台詞……)

 いつの間にか黒い雲が掛かり、遠いところで雷が鳴っているのが聞こえる。
 間違いない。これは本編において確率で発生する、ランダムイベントの一つだ。そしてその内容は、『ナツメが怪我をして足止めを食らう』というもの。

(よりによって今回発生するなんて!)

 そう高くない発生確率のはずなのに。私は歯噛みした。
 本筋とは関係の無いイベントなので、回避という手もある。でも確かこのイベントは、厳密に言えば足止めを食らうだけのシナリオじゃなかったはず。
 ナツメのランダムイベントなので、彼が怪我をする場面がメインではある。が、そこから本編に復帰するときに、『足止めされたおかげで、結果的に大きな被害が避けられた』的なテロップが入るのだ。
 終わったこととしてそんな一文が入るだけだから、このイベントを見たことがある私でも『大きな被害』の内容がわからない。目下のナツメの怪我は避けられても、そちらは私では回避できない。
 それを考慮するとこのイベントは、このまま発生させなくてはならない。もし本編で避けられた『大きな被害』に遭ったなら、それこそ本筋に影響が出てしまう可能性があるのだから。

「天気が崩れそうですね」

 ナツメが言って、空を見る。
 二回目の雷鳴は、先程よりも音が近い。

(三回目の雷鳴の直後に、ナツメが歩く足場が崩れる……)

 私は思わずナツメの足元を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

(考えろ……私)

 あくまで必要なのは、『足止め』だ。
 ゲームのイベントでは、転落したナツメが喉を痛めて暫く魔法を詠唱できないでいた。それと似たような状況を作り出せたなら――

「!」

 不意に、私の目に雷光が映る。
 瞬間――考えたわけでもなく、私はナツメの腕を自分の方へと引いていた。

「アヤコさん?」

 ドンッ
 こちらを見たナツメを、ルーセンがいる辺りに向けて突き飛ばす。
 三回目の雷鳴が響く。

「え……?」

 尻餅をついたナツメが、目を見開いて私を見る。
 それを目にしたときには、私の身体は大地から切り離された(つち)(くれ)とともに空中にあった。
 ふわり
 浮遊感があって、だがそれが一瞬にして消える。

「あぐ……っ」

 直後に来たのは、身体が打ち付けられる激しい衝撃。皮膚と肉を容赦なく擦られながら、私は岩肌を滑り落ちていった。
 凹凸のある地面のはずなのに、その勢いは弱まることなく私を下へ下へと運んで行く。途中平らな場所があり、ようやく転がっていた私の身体が止まる。幸い谷底までの落下は免れた。

(痛い……熱い……でも、寒い……)

 回り続けた視界が定まったことで混乱が収まったのか、却って悲鳴を上げる身体の感覚が前面に出てくる。
 痛みに耐えかねて手近の岩を力任せに掴んだはずが、その手は指の先すら動かなかった。
 右頬が地面に触れているのに、グラグラと頭が揺れているような感じがする。
 視界も(かす)んできた。――それでも判別できるほど、血だらけの手が見えた。
 全身が痛い。痛いはずなのに、どうしてか(まぶた)が閉じて行く。

(誰かの声が聞こえる……)

 誰の声だろう。そう思ったところで、私の意識は途切れた。
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