『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「え?」
その場に止まると同時に、触れた『何か』がナツメの手だとわかる。次いで、顔を寄せてきた彼の表情の読めない目とかち合う。
「ナツメ?」
既に近い距離がさらに近付く。
そしてその距離がとうとうゼロに――
「痛っ!」
――なった瞬間、私は思わず悲鳴を上げた。
その原因、痛みが走った首筋に手を遣る。一歩後退ってナツメを見れば、原因の原因である彼の口の端が上がったのが目に入った。
「多少は、清々しました」
涼しい顔でそう言い放つナツメ。
「えーと、少なくともアヤコの足止めには効果があったみたいだねぇ……」
生暖かい目で見てくるルーセン。
揃って立ち止まった私たちに、どうしたのかとカサハと美生が振り返る。二人に見られていなかったのが、不幸中の幸いか。
(そういえば、この道中ってカサハルートの場合、二人でしりとりしながら歩いていたっけ)
それで美生に『す』が回ってきて、彼女はドキドキしながら『好き』と返して。少し離れた位置で会話していたナツメとルーセンに対し、心の中で「二人に聞かれてなくて良かった」と思っていた場面があった。
(似て非なり……)
方や、言葉遊びでドキドキ。方や、意趣返しでズキズキだ。
因みに件のイベントでは、カサハが表には出さないものの、『き』を考える振りをしながら内心悶えていた。
「こうなると、もし私がナツメにキスしようとしたら、ナツメは私の意図を探ろうとしそうね」
皮肉を言ったつもりがうっかり想像してしまい、慌てて頭から振り払う。……くっ、自滅。
一瞬の割りには結構痛かった首筋をさすりながら、私は止めていた歩みを再開した。
ナツメとルーセンも、私に続く。
「裏でも無ければしてくれないのなら、大いに裏があっていいですよ」
「裏があっても無くても、取り敢えず君たちだけのときにしてくれる? にしてもアヤコ、動じてない」
「そうでもないわ。なかなか痛かった」
「それは見ればわかるよ。めっちゃ痕になってるし」
「へ? ――ええっ、いやだって一瞬だったし⁉」
ルーセンの言葉に思わず確かめようとして――それが不可能な箇所だったことを思い出す。
でもそんな痕になるはずがない。所謂キスマークという奴は、内出血させた際の痣だ。通常はある程度長く吸い上げないと、痕にはならない。
だがしかし、こちらを見てくるルーセンの可哀想な人を見る目。これは本気だ……つまり真実だ。私はその目から逃れる形で、ナツメを振り返った。
「……そんなエグい遣り方だったの?」
「まさか。必要最小限度に抑えてますよ。どうすれば治るかとどうすれば痕になるかは、表裏一体ですから。完璧です」
「でしょうね……」
「治療士的には、痕付けて完璧発言はどうかと思うよ。僕は」
「二人とも、傾斜が急になってきました。足元に集中して下さい」
「ナツメがそれ言う⁉」
ルーセンの反論に心の中で頷きながらも、実際問題そんな状況なので素直に従う。
ここからはひたすら山を下って、そして私たちはようやく開けた場所へと出た。
「ここがガラム地方……」
先頭を行っていたカサハが呟く。
荒野。この地方を一言で表すなら、それに尽きる。
乾いてひび割れた大地。点在する立ち枯れた木。生物の気配もしない。
――だから私たちの目に映った『それ』は、あまりに異様な光景だった。
「これが……境界線だというのか……」
ある地点を境に、僅かながらも草が生え、細く弱々しいが緑の葉を付けた木も生えている。そしてその中心には日干し煉瓦で造られた家が建ち並び、幾人もの人が行き交っては、時に立ち止まって会話を楽しんでいた。
「これが幻……ですか。これは視察団が気付けないのも無理はないでしょう。俺の目にも、彼らは生きている人間にしか見えません」
カサハ同様、食い入るように村を見ていたナツメがそう零す。それはここにいる誰もがきっと、同じ感想を抱いていた。
どこから境界線なのかと、目を凝らす必要も無い。カサハは村の――境界線の数メートル手前で足を止めた。
彼からやや離れて後ろに立った私たちの中から、美生だけが前へ進み出る。
そして彼女は、村に向かって両手を広げた。
「ただいま……皆」
その場に止まると同時に、触れた『何か』がナツメの手だとわかる。次いで、顔を寄せてきた彼の表情の読めない目とかち合う。
「ナツメ?」
既に近い距離がさらに近付く。
そしてその距離がとうとうゼロに――
「痛っ!」
――なった瞬間、私は思わず悲鳴を上げた。
その原因、痛みが走った首筋に手を遣る。一歩後退ってナツメを見れば、原因の原因である彼の口の端が上がったのが目に入った。
「多少は、清々しました」
涼しい顔でそう言い放つナツメ。
「えーと、少なくともアヤコの足止めには効果があったみたいだねぇ……」
生暖かい目で見てくるルーセン。
揃って立ち止まった私たちに、どうしたのかとカサハと美生が振り返る。二人に見られていなかったのが、不幸中の幸いか。
(そういえば、この道中ってカサハルートの場合、二人でしりとりしながら歩いていたっけ)
それで美生に『す』が回ってきて、彼女はドキドキしながら『好き』と返して。少し離れた位置で会話していたナツメとルーセンに対し、心の中で「二人に聞かれてなくて良かった」と思っていた場面があった。
(似て非なり……)
方や、言葉遊びでドキドキ。方や、意趣返しでズキズキだ。
因みに件のイベントでは、カサハが表には出さないものの、『き』を考える振りをしながら内心悶えていた。
「こうなると、もし私がナツメにキスしようとしたら、ナツメは私の意図を探ろうとしそうね」
皮肉を言ったつもりがうっかり想像してしまい、慌てて頭から振り払う。……くっ、自滅。
一瞬の割りには結構痛かった首筋をさすりながら、私は止めていた歩みを再開した。
ナツメとルーセンも、私に続く。
「裏でも無ければしてくれないのなら、大いに裏があっていいですよ」
「裏があっても無くても、取り敢えず君たちだけのときにしてくれる? にしてもアヤコ、動じてない」
「そうでもないわ。なかなか痛かった」
「それは見ればわかるよ。めっちゃ痕になってるし」
「へ? ――ええっ、いやだって一瞬だったし⁉」
ルーセンの言葉に思わず確かめようとして――それが不可能な箇所だったことを思い出す。
でもそんな痕になるはずがない。所謂キスマークという奴は、内出血させた際の痣だ。通常はある程度長く吸い上げないと、痕にはならない。
だがしかし、こちらを見てくるルーセンの可哀想な人を見る目。これは本気だ……つまり真実だ。私はその目から逃れる形で、ナツメを振り返った。
「……そんなエグい遣り方だったの?」
「まさか。必要最小限度に抑えてますよ。どうすれば治るかとどうすれば痕になるかは、表裏一体ですから。完璧です」
「でしょうね……」
「治療士的には、痕付けて完璧発言はどうかと思うよ。僕は」
「二人とも、傾斜が急になってきました。足元に集中して下さい」
「ナツメがそれ言う⁉」
ルーセンの反論に心の中で頷きながらも、実際問題そんな状況なので素直に従う。
ここからはひたすら山を下って、そして私たちはようやく開けた場所へと出た。
「ここがガラム地方……」
先頭を行っていたカサハが呟く。
荒野。この地方を一言で表すなら、それに尽きる。
乾いてひび割れた大地。点在する立ち枯れた木。生物の気配もしない。
――だから私たちの目に映った『それ』は、あまりに異様な光景だった。
「これが……境界線だというのか……」
ある地点を境に、僅かながらも草が生え、細く弱々しいが緑の葉を付けた木も生えている。そしてその中心には日干し煉瓦で造られた家が建ち並び、幾人もの人が行き交っては、時に立ち止まって会話を楽しんでいた。
「これが幻……ですか。これは視察団が気付けないのも無理はないでしょう。俺の目にも、彼らは生きている人間にしか見えません」
カサハ同様、食い入るように村を見ていたナツメがそう零す。それはここにいる誰もがきっと、同じ感想を抱いていた。
どこから境界線なのかと、目を凝らす必要も無い。カサハは村の――境界線の数メートル手前で足を止めた。
彼からやや離れて後ろに立った私たちの中から、美生だけが前へ進み出る。
そして彼女は、村に向かって両手を広げた。
「ただいま……皆」