『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
(あ……)
ナツメの部屋の前、扉を叩こうとしていた自分の手に、私は我に返った。
あれは夢で、そして今はそんな皆が夢を見ているような時間帯だ。こちらの都合で、そのような非常識な時間に訪ねるわけにはいかない。
(そうでなくても、私にはこの扉を叩く資格なんて無い)
レテの村に行く前であれば、この扉を叩いたかもしれない。夢見が悪かったなんて子供みたいな理由に、彼が笑いながらも招き入れてくれた未来もあったかもしれない。
(でも私は、ナツメを置いて元の世界に帰る……)
私は今にも扉に触れそうだった手を、静かに下ろした。
「どうして止めたんです?」
「⁉」
そこへ突然の、あまりにも想定外の声。私は大袈裟なほどの動作で、声の主を振り返った。
何故。
何故、会わないでおこうと決めた彼がそこに。
私は名を呼ぼうとして呼べなかった口の形のまま、ナツメを見つめた。
ナツメが、微動だにできないでいる私へと距離を詰めてくる。
彼の手には、いつか見た鞄が提げられていた。この時間までナツメは治療に出ていたようだった。
「俺を訪ねて来たんでしょう?」
拗ねたようにも聞こえるナツメのぶっきらぼうな物言い。それに対しての反応としては不似合いな安心感が、私の胸に広がる。
それが私に少し、いつもの調子を取り戻させた。
「ああ、うん。でも怖い夢を見たなんて、誰かに頼る歳でもなかったなと思ったのよ」
「怖い夢ですか。精神の不調の面から行くと、意外と馬鹿にできないですよね。悪夢というのは」
ナツメが私の目の前まで来て、手にしていた鞄をその場に下ろす。そして彼は空いた片手で私の頬に触れ、次いでその手は私の顔を上向かせた。
「とはいえ、アヤコさん。貴女、迂闊過ぎませんか?」
見つめ合う形になったナツメに、やれやれといった顔をされる。
「念のため聞きますが、そういう意味で俺に慰めてもらいに来たわけじゃないですよね?」
「え?」
そういう? どういう――
「! ち、違う。違うから、全然違うからっ」
夜中に男の部屋を訪ねる女。私はようやく自分の行動が周りにどう映るかがわかり、慌てて否定した。
「わかってますよ、念のためと言ったでしょう。まったく……俺が貴女を抱きたいと思っていると話したのは、そう昔のことでもなかったはずなんですけどね」
「う……」
確かに記憶にある。冗談ではあったが、ナツメにそんな台詞を言われたのは事実だ。
「あげくに俺が付けた痕まである」
「これはなかなか消えない付け方したのは、ナツメじゃないの」
思わず首筋に手を遣る。付けた本人に隠したところで、まったく意味は無いのだけれど。
「俺は痕を消せなり困るなりを貴女が言ったなら、すぐに消すつもりでしたよ。どうすれば治るかについても完璧だと言ったでしょう?」
「あ」
そう言う意味もあったのか。気付かなかった。というより――
「そもそも消そうって言う発想が無かったわ」
「……っ。貴女って人は……」
口元を押さえながら言ったナツメの口調に、今の言葉が失言だったと知る。
「ご、ごめん。本当、今後気を付けるからっ」
私は早々に逃亡を図って、しかしその足がたたらを踏む。
そうなったのは、後ろからナツメの腕に腰を搦め捕られたから。
「帰しませんよ」
「ちょっ……」
片腕でそうされているはずが、どういうわけだか逃げ出せない。
そしてそうこうしている内に私は、彼のもう片手で開けられた扉の向こう側へと連れ去られた。
ナツメの部屋の前、扉を叩こうとしていた自分の手に、私は我に返った。
あれは夢で、そして今はそんな皆が夢を見ているような時間帯だ。こちらの都合で、そのような非常識な時間に訪ねるわけにはいかない。
(そうでなくても、私にはこの扉を叩く資格なんて無い)
レテの村に行く前であれば、この扉を叩いたかもしれない。夢見が悪かったなんて子供みたいな理由に、彼が笑いながらも招き入れてくれた未来もあったかもしれない。
(でも私は、ナツメを置いて元の世界に帰る……)
私は今にも扉に触れそうだった手を、静かに下ろした。
「どうして止めたんです?」
「⁉」
そこへ突然の、あまりにも想定外の声。私は大袈裟なほどの動作で、声の主を振り返った。
何故。
何故、会わないでおこうと決めた彼がそこに。
私は名を呼ぼうとして呼べなかった口の形のまま、ナツメを見つめた。
ナツメが、微動だにできないでいる私へと距離を詰めてくる。
彼の手には、いつか見た鞄が提げられていた。この時間までナツメは治療に出ていたようだった。
「俺を訪ねて来たんでしょう?」
拗ねたようにも聞こえるナツメのぶっきらぼうな物言い。それに対しての反応としては不似合いな安心感が、私の胸に広がる。
それが私に少し、いつもの調子を取り戻させた。
「ああ、うん。でも怖い夢を見たなんて、誰かに頼る歳でもなかったなと思ったのよ」
「怖い夢ですか。精神の不調の面から行くと、意外と馬鹿にできないですよね。悪夢というのは」
ナツメが私の目の前まで来て、手にしていた鞄をその場に下ろす。そして彼は空いた片手で私の頬に触れ、次いでその手は私の顔を上向かせた。
「とはいえ、アヤコさん。貴女、迂闊過ぎませんか?」
見つめ合う形になったナツメに、やれやれといった顔をされる。
「念のため聞きますが、そういう意味で俺に慰めてもらいに来たわけじゃないですよね?」
「え?」
そういう? どういう――
「! ち、違う。違うから、全然違うからっ」
夜中に男の部屋を訪ねる女。私はようやく自分の行動が周りにどう映るかがわかり、慌てて否定した。
「わかってますよ、念のためと言ったでしょう。まったく……俺が貴女を抱きたいと思っていると話したのは、そう昔のことでもなかったはずなんですけどね」
「う……」
確かに記憶にある。冗談ではあったが、ナツメにそんな台詞を言われたのは事実だ。
「あげくに俺が付けた痕まである」
「これはなかなか消えない付け方したのは、ナツメじゃないの」
思わず首筋に手を遣る。付けた本人に隠したところで、まったく意味は無いのだけれど。
「俺は痕を消せなり困るなりを貴女が言ったなら、すぐに消すつもりでしたよ。どうすれば治るかについても完璧だと言ったでしょう?」
「あ」
そう言う意味もあったのか。気付かなかった。というより――
「そもそも消そうって言う発想が無かったわ」
「……っ。貴女って人は……」
口元を押さえながら言ったナツメの口調に、今の言葉が失言だったと知る。
「ご、ごめん。本当、今後気を付けるからっ」
私は早々に逃亡を図って、しかしその足がたたらを踏む。
そうなったのは、後ろからナツメの腕に腰を搦め捕られたから。
「帰しませんよ」
「ちょっ……」
片腕でそうされているはずが、どういうわけだか逃げ出せない。
そしてそうこうしている内に私は、彼のもう片手で開けられた扉の向こう側へと連れ去られた。