『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
「ナツメ⁉」

 扉を閉めると同時に鍵を掛けたナツメに、夜中ということも忘れて思い切り名を呼んでしまう。
 カーテンが開けられたままの部屋の中。月明かりに照らされどこか妖艶な雰囲気を(まと)ったナツメが、こちらを振り返る。

「そう焦らなくとも手は出しませんよ、安心して下さい」

 ナツメが着ている治療士(ヒーラー)なローブは、外からは留め具が見えない前開き仕様だったらしい。彼は私を捕らえたまま、器用にも片手だけで脱ぎ始めた。

「いやいや言ってることと行動が一致してないというか」

 よって私は、すかさずツッコミを入れた。
 しかしそれには意に介さず、ナツメが今度は私の手を取りベッドの側まで移動する。

「睡眠という意味では、これから貴女と一緒に寝るからですよ。それとも脱いでいる俺を見て、その気にでもなってくれましたか?」
「いやいやなってない、なってないから」
「なら大人しく隣で眠りますよ。その気でない女性は人体構造的に感じにくいんです。それなのに俺が下手だと誤解されるのは嫌ですから」
「そういう理由⁉」
「明確な理由があった方が、貴女も安心できるでしょう?」
「わっ」

 不意に床から足が浮き、私は反射的にナツメにしがみついた。私をそうした――横向きで抱き上げた彼に、ベッドの上へと降ろされる。
 両手が自由になったナツメは(えり)(ぐり)りの大きく開いた薄手の服一枚になり、私に覆い被さるようにしてベッドに上がってきた。

(う、わ……)

 またも妖しい構図に、どうしても顔が熱くなる。けれどナツメは私の横から毛布を掴むと、先の言葉通りただ私と並んで寝転んだ。

「どうせ部屋に戻ったところで眠れないのでしょう? それなら貴女が好きだという俺の顔でも眺めているといいですよ」

 言うや否や、ナツメが瞼を閉じる。半身ほど空けた位置で「はい、どうぞ」と彼が言ったものだから、私は思わず吹き出した。
 笑われたのが聞こえただろうに、それでもナツメは律儀に鑑賞され役に徹してくれる。そして私の笑いが収まった頃、ナツメの口から「貴女が」と真剣味のある声が零れた。

「貴女が悪夢に(さいな)まれたとき、俺を思い出してくれて嬉しかったです。――おやすみなさい、アヤコさん」
「……っ」

 思いがけない言葉が来て、つい本当にナツメをまじまじと見てしまう。
 そんな彼はこの一瞬でもう寝てしまったらしく、規則正しい寝息を立てていた。夜遅くまで治療に出ていたのだから、疲れているのも当然だろう。
 眠るナツメは先の妖しい雰囲気とは一転して、どこかあどけなくも見える。

(そういえば、ナツメの耳を見るのは新鮮かも)

 長い髪の隙間から覗く耳を見て、ふとそう思う。
 もっと耳を見てみたい。そんな衝動に駆られ、私は彼の横髪を除けようと手を伸ばし――慌てて引っ込めた。

(いやいや駄目でしょ、それは)

 耳をじっと見ているだけでもアレなのに、それ以上セクハラしてどうする。眺めていろというのはあくまでナツメの軽口であって、さすがに妙なことをされるとは思っていないだろうに。

(その気はなくても、触りたい気はあったんだなぁ……)

 突き付けられた事実に、私は苦笑するしかなかった。

(何だかすぐに眠れそうかも)

 ナツメの傍は、ほっとする。
 手放さないといけない温もりなのに。それも残された時間は、もう僅かしかない。

(今だけだから……)

 言い訳をして、手を伸ばす。ナツメの髪ではなく小指の端に、()(じろ)ぎすれば離れてしまいそうな申し訳程度に、自分の小指を重ねる。

「おやすみ、ナツメ」

 言うが早いか睡魔が訪れる。私はそれに誘われるまま、穏やかな気持ちで眠りについた。
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