『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~
(ルーセンさんもアヤコさんが好きでしょうに)

 アヤコさんは最初から、ルーセンさんに対して友人に取るような態度だった。彼女が当初は夢だと思っていたせいもあるが、そうでないとわかった後もそれは変わらなかった。
 それがどんなに嬉しいことか、俺にはルーセンさんの気持ちがわかる。俺も同じであったから。
 本当の自分を知っていて、それなのに特別扱いをしない。言葉と心が、何のフィルターもなくそのまま伝えられる。そんな相手をどんなに渇望していたか。
 けれどアヤコさんは(つゆ)(ほど)も、ルーセンさんの気持ちに気付いていないようだった。根底にあるのはやはり、彼女にとってここが『ミウさんの物語』という考えだろう。
 ミウさんがカサハさんと恋仲になった――それは単なる事実を超え、彼女の中では『ルーセンさんは恋に落ちない』という結論に至ったように思える。
 そしてそういった線引きは、俺に対しても感じられた。
 アヤコさんに俺の好意は伝わっていて、俺も彼女に好かれていると確信している。それなのに、彼女との間にある見えない壁が未だに無くならない。
 見えない壁の向こうから俺を見ているアヤコさんが、わかるのに。目の前の彼女に、どうすれば触れられるのかがわからない。
 俺はアヤコさんの手から、再び彼女の寝顔へと目を移した。

「何故……」

 つい、声が零れてしまった。幸い、深く眠った彼女が目覚める気配はない。

「何故、こんな小さなことさえ素直に甘えてくれないんです?」

 それを口実に、あるいは本当は聞いて欲しかったからなのか。続く言葉も声となって彼女に向かうのを、止められなかった。
 偶然を装ったつもりか、(かす)かに触れていた小指を俺から絡めてやる。目を覚ましたとき、貴女は俺がそうしたと思うだろうか。それとも……自分が無意識にしてしまったと思うだろうか。

「ルシス再生計画が成ったなら――貴女が物語から解放されたなら、貴女は俺たちではなく、貴女自身を見て下さい。そうしたら、きっと気付くはずです」

 アヤコさんの首筋に目を遣る。俺が付けた痕がある……その箇所に。
 上体をゆっくりと起こし、その痕のすぐ側――彼女の耳元に口を寄せる。

「アヤコさん、貴女は俺のことが好きですよ」

 囁いて。
 そして俺は、できるだけ長く残るよう願いながら痕にそっと口付けた。

「貴女自身が思っているよりずっと、貴女は俺のことが好きなんです――アヤコさん」
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