政略結婚だった二人
 この日、けして清潔とは言いがたい池の水を降らされ──そして、アメリが一月前に吹っ飛ばした東の山の一帯は、竜族の領地であり、ローエンの生まれた場所でもあった。
 しかし、純血を重んじる竜族の中で虐げられるばかりの幼少期を過ごした混血のローエンは、故郷がひどい有様になろうと全く心が痛まない。
 いや、むしろ胸が空く思いがしたものだ。
 魔王の副官にまで上り詰めても払拭し切れていなかった、恨みや恐怖の対象を、可愛らしい人間のお姫様が「えいっ」とやっつけてしまったのだから。
 あの時、ローエンはようやく柵から解放されたように感じ、それを成したアメリに対して崇拝にも似た思いを抱いた。
 なお、ローエンがやべー嫁をもらった、と竜族達はいまや戦々恐々としているらしい。

「ご存じかしら、ローエン。こういうのを、〝ざまぁ〟と言うそうですわ」
「誰だ誰だ、アメリにそんな俗っぽい言葉を教えたのは」

 箱入り娘に俗っぽい言葉を教えた犯人である魔王は、フィーリングの相性抜群な魔術の弟子、あるいは孫娘のようにアメリを可愛がっており、多忙なローエンに代わって日中のほとんどを一緒に過ごしている。
 よって、竜族が彼女に報復できる可能性は皆無なのだが、ローエンはふいに眉を寄せた。

「しかし、アメリが魔術を使えると判明したのが、魔界だったからよかったようなものの……そうでなければ、迫害を受けていたかもしれない」
「神聖帝国に嫁いで発覚なんてしていましたら、きっと問答無用で火炙りですわね」

 想像したくもないことを言ってアメリが笑う。
 笑い事じゃない、と憮然と呟いたローエンは、彼女を抱いたままソファに倒れ込んだ。
 もちろん、万が一にも押し潰してしまわないように、自らが下になる。
 アメリはそんな彼の頬を両手で包み、高い鼻の頭にちゅっとキスを落とした。
 と、その時である。
 チャリン、と何かが床の上に落ちる音が響いた。
< 12 / 13 >

この作品をシェア

pagetop