政略結婚だった二人
「私が生まれた頃には、祖父は二人ともすでに鬼籍に入っておりましたので、〝おじいちゃま〟と呼べる相手はおりませんでしたの。ですから、魔王様がそう呼ぶことをお許しくださって、うれしいのです」
「そ、そうか……」
「それに、安心してください、ローエン。呼び方ひとつで、魔王様の偉大さが損なわれることなんてありませんわ」
「それはまあ、そうなのだが……」
アメリはずっと笑顔だが、意見を曲げる気は微塵もなさそうだ。
荒くれ者のガーゴイルやオーガを怯ませ、魔族の令嬢達を見惚れさせる魔王の副官も、このやたら胆力のある姫の前では形無しである。
それでも、ローエンは往生際悪く厳めしい顔を作った。
「それはそうと……魔王様がお止めにならなかったら、池に潜るつもりだったのか? ピアスくらい、またいくらでも用意してやるというのに」
「いいえ、ローエン」
アメリが、ふるふると首を横に振る。
彼女のふわふわの髪が鼻先を掠め、ローエンは頬の内側を噛んで激情を堪えねばならなくなった。
夫の口内が流血沙汰になっているなど露知らぬ姫は、さも大事そうに両耳のピアスに触れながら続ける。
「私にとってこれは、かけがえのないピアスなんです。だって、初めて自分で選んで……初めて、ローエンが私のために買ってくださったものですから」
「いや、しかし……」
「自分でじっくり時間をかけて選ぶのも楽しかったですし……何より、ローエンが嫌な顔ひとつせずにそれに付き合ってくださったのが、とてもうれしかったのです」
「うむ……だがな……」
妻のいじらしい言葉に、ローエンは難しい顔で唸るばかりだった。
出自に問題がある彼は、アメリに対して引け目を感じている。
魔王が決めたこととはいえ、生粋のお姫様である彼女を娶るのに、自分が分不相応に思えてならなかったのだ。
ローエンが唯一誇れることといえば、〝魔王の副官〟という肩書きだけ。
だから、その呼び名にふさわしい冷静さと威厳を常に纏っていたかったのだが……
「そ、そうか……」
「それに、安心してください、ローエン。呼び方ひとつで、魔王様の偉大さが損なわれることなんてありませんわ」
「それはまあ、そうなのだが……」
アメリはずっと笑顔だが、意見を曲げる気は微塵もなさそうだ。
荒くれ者のガーゴイルやオーガを怯ませ、魔族の令嬢達を見惚れさせる魔王の副官も、このやたら胆力のある姫の前では形無しである。
それでも、ローエンは往生際悪く厳めしい顔を作った。
「それはそうと……魔王様がお止めにならなかったら、池に潜るつもりだったのか? ピアスくらい、またいくらでも用意してやるというのに」
「いいえ、ローエン」
アメリが、ふるふると首を横に振る。
彼女のふわふわの髪が鼻先を掠め、ローエンは頬の内側を噛んで激情を堪えねばならなくなった。
夫の口内が流血沙汰になっているなど露知らぬ姫は、さも大事そうに両耳のピアスに触れながら続ける。
「私にとってこれは、かけがえのないピアスなんです。だって、初めて自分で選んで……初めて、ローエンが私のために買ってくださったものですから」
「いや、しかし……」
「自分でじっくり時間をかけて選ぶのも楽しかったですし……何より、ローエンが嫌な顔ひとつせずにそれに付き合ってくださったのが、とてもうれしかったのです」
「うむ……だがな……」
妻のいじらしい言葉に、ローエンは難しい顔で唸るばかりだった。
出自に問題がある彼は、アメリに対して引け目を感じている。
魔王が決めたこととはいえ、生粋のお姫様である彼女を娶るのに、自分が分不相応に思えてならなかったのだ。
ローエンが唯一誇れることといえば、〝魔王の副官〟という肩書きだけ。
だから、その呼び名にふさわしい冷静さと威厳を常に纏っていたかったのだが……