遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「なぜ言わなかった?」
「イタズラだって思っていたのと……」
 そこで亜由美は言葉を止める。
「俺に迷惑かけないため?」

 亜由美は言葉をなくしてしまった。

 迷惑をかけたくない。そういう思いが少しもなかったかというと嘘だろう。甘えるのが苦手なのはひとえに人に迷惑をかけたくないからだ。

 ハンカチや封筒をテーブルに置いて、鷹條は亜由美を真っすぐに見つめている。

 その顔を見て亜由美は間違えたんだと思う。いつも本当に表情を変えたり、戸惑うことはほとんどないのに、亜由美を見つめる鷹條の顔は悲しそうでつらそうだったのだ。

「ご……ごめんなさい」
「謝らなくていい」

 立ち上がった鷹條は亜由美に向かって手を伸ばす。その身体をそっと自分の方に抱き寄せた。
「怖くなかったのか?」

 抱きしめられて腕の中に包まれて、優しく響く声に亜由美は泣きそうになってしまった。

 ──怖かった。
 本当は怖かった。

 亜由美はぎゅうっと鷹條にしがみつく。
「怖かった……。本当はすごく怖かった。けど、イタズラだって思ったらなかったことになるんじゃないかって思ったの。でも……っ、怖かった」
「うん。そうだな。一人で頑張ったな」

 きっと鷹條は本当は亜由美から言ってほしかったはずだ。だからこそさっきはあんなに悲しそうな顔をしていたのだから。

「千智さん、ごめんなさい……ごめんなさいっ」
「いい。怖かったな。大丈夫だ」
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