遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「人というのはどんどん(たが)が外れていくんだ。最初はこれくらいは大丈夫と思ってしている行為が他から咎められないことによって、許されていると勘違いしてどんどんエスカレートしてゆく」

 こくりと広見も頷いた。
「特にこの手の事案は思いもかけないスピードで進展してしまうことがある。外から見えている部分はほんの一部なんだ。加害者の心の中ではどういう形で気持ちが動いているか測れない」

「だから、なるべく早くというのもあるんですね?」

「そう。もしかしたら、この写真をポストに入れるまでに、もっとずっと長いこと杉原さんを監視していて、満を持して自分の気持ちをぶつけるためにポストに投函したことも否定できない」

 そこまで聞くとさすがに亜由美は背中がぞくぞくしてくる。
 知らない間に自分をずっと監視されていたと聞けば気分の良いものではない。

 亜由美が思っていたよりも事態は悪い可能性もあったのだ。
 鷹條はそれを知っていたから即座に動いた。もしかして気づかないままだったら、もっと怖いことになっていた可能性もあるのだ。

「杉原さんのことは鷹條さんの上司からも報告を受けている」

 亜由美は鷹條が何件か電話をかけていたことに思い至る。
 あれは上司にも報告していたということなのだろう。

「正常性バイアスという言葉を聞いたことはあるかな?」
 突然、広見にそう尋ねられた。

『正常性バイアス』知らない言葉だ。
「すみません。存じません」
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