遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 そこにいたのは前に『亜由美以外にも女性はいる』と亜由美を振った元カレの姿だった。

 コンサルティング会社で営業をしているはずだが、それにしてはスーツなどが少しよれているのが気になった。

 営業マンならまず身なりには気を配るものだ。
 声をかけられたことに戸惑いつつも亜由美は返事をするしかなかった。
「久しぶりね」

 交際期間は短かったと思う。彼も亜由美に執着はしていなくてサッパリとした別れだったはずだ。
 今さら、何の用があるのか分からない。

「別れた?」

 そう声をかけられ一瞬何のことか分からなかったけれど、亜由美を見る目に粘着質なものが混じっているような気がして亜由美は血の気が引くのを感じた。

『別れろ!』
 白い便箋に印刷されていた文字が頭をよぎる。

「誰と?」
 鷹條と過ごす時間の中で亜由美は冷静に対応することについてのレクチャーを何度も受けていた。

 穏やかで力強い鷹條の声がよみがえってくる。
『もしかしたら俺のいない時に接触がある可能性もある』

 それを聞いた時は怖かった。けれど、真っすぐ亜由美を覗き込む鷹條の顔を見ていたら少しずつ落ち着いたのだ。
 亜由美なら大丈夫だからと何度も繰り返し言ってくれた。

『心の準備がないものにはとっさに対応することがとても難しい。けど心の準備をして何度もシミュレーションしていたら対応できる。訓練と一緒だ』
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