遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 ──落ち着いて対応すること。相手の要望をできるだけ引き出すこと。
 それがその時言われたことだ。

「あいつ。あのすかしたやつ」
 亜由美を睨むように彼はじっと見てくる。亜由美はカバンの中に手を入れた。
 それを鋭く見咎められる。

「おい、あいつと連絡取ろうとしてんのか? そんなの許さないぞ」
「けど、きっと心配すると思うの」

「亜由美……少し話したいだけなんだ。携帯を渡せ。そいつに邪魔されたくない」

 彼は亜由美に向かって手を伸ばした。
 本当はとても怖い。一生懸命気持ちを落ち着けて亜由美は彼に穏やかに声をかけた。

「連絡しないわよ?」
「GPSとかあるからな」
(逆らっちゃいけない。刺激してもいけない)

『いいか? 要望を受け入れてくれる人間は大事に思うものなんだ。引き出せればこちらのものだ。その分時間を稼げる。落ち着いて。大丈夫。亜由美ならできるから』

 自宅のソファで隣に座って身の護り方を教えてくれていた鷹條の言葉をしっかりと思い出す。

「分かった。じゃあ、話しましょう。カフェとかにする?」
「いや。そこの公園のがいい。その前に携帯を渡せ」
「うん。渡すね」

 亜由美はカバンからスマートフォンを出し、そっと彼に手渡した。その時カバンの中に入っていたキーホルダーのボタンを彼には分からないように押す。
< 152 / 216 >

この作品をシェア

pagetop