遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「それでもリベンジの機会を俺にくれる? やっぱりプロポーズはいい思い出になるものにしたい」

「これも思い出だよ?」
「そうじゃなくて、二人の良い思い出にしよう」

 それが鷹條の優しさなのだと亜由美は胸が熱くなった。きっとこんな大変なことがあった時じゃなくて、亜由美のために鷹條は良い思い出で過去を塗り替えようとしてくれている。

 それが痛いほどに分かって、強くて優しい鷹條が本当に好きだとまた目元が熱くなる。

 亜由美が泣いているのに、ちょっとだけ困った顔をした鷹條は自分のバスローブの袖で、亜由美の目元を軽く押さえる。

 涙を拭くものを探してくれていたらしい。
 思いついたのがバスローブの袖というのも鷹條らしかった。

「初めて会った時も痛いって泣いてたな」
 そういえばそうだった。
 亜由美も思い出してまた赤くなる。あれからいろいろあった。

 あの時からずうっと鷹條は優しくて、亜由美を包み込んでくれていた。今こうして亜由美を腕の中に抱きしめて、結婚してくれる? と囁いてくれるのが嬉しくて仕方ない。

 この人とならずっと一緒にいたいと強く願う相手だ。

「悲しくて泣いてるんじゃないと信じるぞ」
「はい。信じていいです」

 誓いのような鷹條からのキスは唇が触れるだけの甘いもので、亜由美は少しだけ自分の涙の味がしたような気がした。
 
 ──この日をきっと忘れない。

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