遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 「大丈夫ですか?」
 靴を引っ張っていた亜由美の視界に入ったのは見覚えのある革靴である。
 亜由美は顔を上げた。

 端正な顔立ちに涼しげな目元。見覚えのある男性だ。声をかけた彼も目を見開いていた。

「朝の人ですか?」
「朝はありがとうございました」

 とてもいい人で可能ならばお礼もしたいと思っていたのに、よりによって片足裸足の姿を見られるとは、もう本当に今日はどうなっているのか。

「大丈夫?」
 踏んだり蹴ったりの一日で、亜由美の目には本当に涙が溜まっている。
 困っていても誰も助けてくれなかったのだ。
 この目の前の彼以外は。

「ヒールが抜けなくて……」
 亜由美の言葉に彼はヒールが刺さってしまっているブロックの隙間を見てふっと軽く微笑んだ。

「そんな風に嵌まるものなんだな。俺に捕まっていて。引っ張ってみる」
 亜由美の側にしゃがみこんだ彼は片足裸足の亜由美を気遣って、膝に亜由美の足を乗せようとする。

(スーツが汚れちゃう!)
「あの! もう地面に足をつけてしまったので、スーツが汚れちゃいます」

「そうか……」
 そうしたら、彼はポケットからハンカチを出して地面に置いた。
「洗えるから気にしないで」
 そこに足を置いていいということなのだろう。

 朝の件といい、本当になんて親切なのだろうか。
 その言い方に愛想はなかったけれど、とても親切だと亜由美は思った。

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