遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 奥村はこくりと頷いた。
「亜由美ちゃんからも聞いています。それでもいいです」
「では、よろしくお願いします」

 そう言った久木のスーツの袖を、顔を赤くした奥村がつん、と引っ張る。
「あの……私こんなこと普段絶対言わないので。こんな風に自分から積極的にアプローチすることもないんです……」

「可愛い人ですね。今度理性などどこかに行ってしまった姿も見てもらいますけど、呆れないで下さいね」

「すっごく見たいです!」
 無邪気な笑顔になる奥村に久木は作ったものではない自然な微笑みを向ける。

「あとで嫌だと言っても、もう聞きませんよ?」
「どうしよう。むちゃくちゃ好みなんですけど」
 自然に手を繋いだ二人がどこに行ったかは秘密である。

 ◇◇◇

 タクシーに乗った亜由美はご機嫌だった。
 尊敬する上司である奥村と大好きな鷹條の上司である久木に、かねてからしたいと思っていたお礼ができたのだし、なんとなく二人ともいい雰囲気だった。

「上手くいったらいいのにな」
「大人だからな」

「うん。あ、千智さん、コンビニに寄りたいわ。明日のパンを切らしてたのを忘れてた」
「ご飯を炊くか?」

 パンがなければご飯を食べればいいのに……?
 ふとそんな言葉が思い浮かんで、亜由美は首を横に振る。

「それでもいいんだけど、それなら海苔がほしいの。やっぱり寄りたい。アイスも買いましょう」
「了解。運転手さんすみません、駅前のコンビニにお願いします」
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