遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「どっちが使おうな?」
 鷹條はそう言ってにこりと微笑んだけれど、どっちが使ってもどきどきする未来しか見えないんですけど。
 ちょっとだけ想像した亜由美は顔を赤くして鷹條を軽く睨む。
 
 厳かな結婚式と楽しい披露宴が終わり、今日はホテルで一泊することになっていた。

 明日は空港に向かって、一週間の新婚旅行の予定だ。
 さすがにこんな時は鷹條もしっかり休暇を取らせてもらえるらしい。

 ホテルのジュニアスイートのベッドの上は当然のことながら赤いバラの花びらで可愛らしく彩られている。本当にベタな演出ではあるけれど、嬉しくないかと言えばとても嬉しい。こんなことはきっと一生に何度もないと分かっているから。

「これが噂の新婚仕様ってやつだな」
 鷹條は感心しているけれど、嫌がっているようすはない。むしろ面白がっているようなのが亜由美には救いだった。

「私はすごく素敵だけど」
「俺もいいと思うよ。花の中で亜由美を抱くって、なんかいい思い出になりそうだ」

 鷹條は亜由美を抱き上げて、ベッドの上にそっと降ろす。
「五感の中で嗅覚って思い出と結びつきやすいって知ってるか?」

 亜由美に体重をかけないように、上に来てその腕の中に囚われると、鷹條の顔が近くて亜由美の心臓はどきどきと大きな音を立てる。

「知らない、かな?」
「俺は今後薔薇の香りを嗅いだらこの日のことを思い出すだろうなってことだ」

 そんな風に言うのはずるくないだろうか?
 もう、亜由美にもそう今刷り込まれてしまった気がする。
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