遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
3. 乗りかかった船?
「ありが……」
 タクシーに乗せてもらってお礼を言おうとしたその時だ。彼が車に乗り込んできた。

「港南病院まで」
 彼はそうタクシーの運転手に行き先を告げる。

「え……」
「乗りかかった船だ。それとも、どこか時間外の空いている病院でかかりつけがあるか?」

 尋ねられて亜由美は首を横に振った。
 自慢ではないが身体は丈夫な方なのだ。ここ数年病院のお世話になったことはない。時間外のかかりつけ医なんてもちろんない。

「ここなら俺の知り合いがいるから融通が利く。悪いことにはならないはずだ」
「何から何まで……すみません」

「大丈夫だから」
 彼は低い声で優しく亜由美に言う。彼の声はとても力強くて亜由美は安心できた。

 タクシーで病院へ向かっている間も亜由美はどうすればいいか分からず、ずっと俯くばかりだ。

 少女漫画のような展開に憧れていたって、実際こんな風になったら一体どうしたらいいのか分からない。

 彼も手持ち無沙汰なのか、窓の外をじっと見ているような気配だった。

 夜の車の中、静かなのに居心地が悪くないのは彼の気配が優しいからだと亜由美は動いてゆく外の景色に目をやった。
 
 タクシーが病院の時間外入り口に到着した後、受付をしてくると彼はタクシーを降りる。
「君は少し待っていて」

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