遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 彼は運転手にも「少し待っていてもらえますか?」と丁寧に聞いていた。

「構いませんよ。メーターも倒しておくから」
「いえ、加算してもらって構いません。お時間をいただいてしまうし」
「いいよ。彼女ケガしてるんでしょ?」

 通常待ち時間も料金が発生するタクシーなのに、加算しないと言ってくれる運転手や、亜由美のためにわざわざ病院まで連れてきてくれた彼に、亜由美は今日のもろもろの悲しかった出来事が洗い流されてゆくような気持ちになっていた。

「彼氏?」
 タクシーの運転手にそう聞かれる。

「いえ」
「いい男だよなあ。あなたも綺麗だしお似合いなのに」

 彼がいい男だというのは認める。運転手が言うのは単に顔だけのことではないだろう。

 とても良く分かる。けれども、お似合いだと言われても亜由美は言葉を返すことは出来なかった。

 亜由美と彼の関係を正しく表現するならば、通りすがりの親切な人、というのが間違いはないのだが、それにしても彼は本当に優しい。

 病院から出てきた彼は早足でタクシーに向かってきた。運転手がすぐさまドアを開ける。ドアから彼は亜由美を覗き込んだ。

 間近で見ると本当に端正な顔立ちで亜由美の胸がどきんと大きく音を立てる。
 そんな場合じゃないって分かっているけれど。

「ラッキーだったな。知り合いが夜勤だ。すぐ見てくれると言ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あ……いや。ケガをしているのにラッキーはなかったな」

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