遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 タクシーの会計を済ませ、彼はひょいっとまた亜由美を抱き上げた。

 彼が亜由美を抱き上げるたびに、亜由美はドキドキしてしまうのに、彼は全く表情が変わらなくて平然としていた。
 理由は分かっている。彼は亜由美のことをなんとも思っていないからだ。

 こんな風に鼓動を高鳴らせているのはおそらく自分だけで、彼は単に親切なだけ。そう思うと妙に切ない。

 病院の中に入ると白衣の男性が車椅子を準備してくれていた。理知的な雰囲気を身にまとった男性は医師の身分証を首から下げている。

「なんだ鷹條(たかじょう)、車椅子を用意したのに」
 亜由美を横抱きしている彼に遠慮なくそんなことを言う。知り合いとはこの白衣の男性のことなのだろう。

「いいから早く診てやってくれ。泣いてたんだ。それにひどく痛がっているし」

(いえ……泣いていたのはケガではなくて、今日の畳み掛けるような不幸についてです……)

「はいはい」
 白衣の男性は苦笑して、処置室と書かれたドアを指差した。

 そこで亜由美は初めて自分を助けてくれた彼の名が鷹條というのだと知った。鷹條は亜由美を処置室のベッドの上にそっと降ろす。

 その後、看護師がやって来て保険証はあるかとか、診察券はないとかそんなやり取りをした。その間に白衣の男性と鷹條は言葉を交わしている。

「忙しいか? 急だったのにありがとうな」
「いや。今は落ち着いているからいいよ。で、なにがあったって?」

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