遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 その質問にも鷹條はてきぱきと答えていた。
 港南病院は夜間救急もやっている大きな病院のようで、遅い時間にも関わらず待合には数人の人が待っている様子だ。

「すみません。お忙しいのに」
 亜由美がそう言うと、白衣の男性が苦笑する。

「なに言っているの? 君はケガしているんだよ? 遠慮はしない。大体の状況は聞いた。転倒したんだね。痛みは足だけ? 結構手をついた時に手を骨折してしまうようなケースもあるんだ」

 白衣の男性は亜由美に向き直った。
 そう言われて改めて亜由美は手も見てみたり手首を動かしてみたりした。きちんと動くし痛みはない。大丈夫そうだ。

「大丈夫みたいです」
「そう。それは良かった。では本格的に診察する前にカルテを作ってもらおうね。僕は医師の香坂(こうさか)っていいます。鷹條とは友人なんだ」

 香坂は自己紹介してくれたけれど、鷹條とも今日初めましてだとは少し言いづらくて、亜由美は頭を丁寧に下げるに留めておいた。

「よろしくお願いいたします」
「はい」

 いかにも医師らしい理知的な雰囲気の持ち主である香坂は、亜由美が安心するような温かい笑顔を向けてくれて、部屋を出ていった。
 亜由美と鷹條はそこに残される。

「鷹條さん……」
「ん?」

 朝は名前を教えてくれなかった。むしろ名前を聞いたらイヤな顔をしていたくらいだったのだ。
 けれど名前を呼ばれて鷹篠は反射的に返事をしてしまったようだ。

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