遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「んー、確かに靭帯は大丈夫そう。多分骨まではいってないと思うけれど、念の為にレントゲンは撮っておこうか。鷹條、レントゲン室まで頼む」

「分かった。じゃあ、行くか」
 そう答えた鷹條は 診察台から車椅子への移動もふわりと亜由美を抱き上げる。

「あのっ……」
「杉原さんはとても礼儀正しい。朝の俺の失礼を詫びる意味だと思って。それに、こんな時くらいは甘えたら?」

 その一言にぎゅっと亜由美は心を鷲掴みにされたような気持ちになった。

 今朝、最初に見た時、鷹條はものすごく硬い表情だった。今は大分和らいでいる。きっとこの顔が近くにいる人に見せる顔なのだ。

 それでもきっと迷惑を掛けていると思うと、亜由美は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 怖いおじさんを追っ払ってくれて、溝からヒールを抜いてくれて、病院まで連れてきてくれた。
 もう、それだけで充分に鷹條の優しさは伝わる。

 なのに彼は亜由美に向かって、甘えたら? と言ってくれたのだ。

 年齢よりしっかりして見えることもあり、その雰囲気で周りには頼られたり、困っていても大丈夫だと思われることの方が多い亜由美である。

『甘えたら?』
 そんなことを言われたことはここ最近なかった。
 なんだかその一言はひどく心に響いたのだ。

「っ……」
 意図せずぽろぽろっと涙がこぼれてしまった。

「あ……あれ? なんだろ、すみません」
< 29 / 216 >

この作品をシェア

pagetop