遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
4.公僕
『公僕』公務員を指す言葉なのだと亜由美も聞いたことがあった。

 その立場なのであれば、確かにお礼をするのも単純にとはいかないのかもしれない。

 けれど純粋に嬉しかった気持ちにお礼をしたいのに、どうしたらいいのだろう。

 しゅん……と俯いてしまった亜由美に鷹條は最初よりは柔らかい雰囲気を向ける。

「その気持ちだけで十分だよ」
「でも……」

 お礼、と言いながらも亜由美は自分の気持ちには気づいていた。
 この人をとても好ましく思っているのだ。これで関係を途切れさせてしまいたくない、という気持ちがある。

 けれど、鷹條との関係を進めるための言葉を発する勇気がどうしても出ない。

 このまま終わりにしたくないんです。
 そう言いたいけれど。

 ──君は一人でも大丈夫でしょう?
 そんな風に拒否されることがいちばん怖い。

「タクシーが来たよ」
 亜由美を半ば抱き上げるようにして鷹條はタクシーに乗せてくれる。

(どうしよう? どうしたらいいの?)

 行きの車の中と違い、今度は焦っていて亜由美の口から言葉が出ない。

 そんな風に迷っていたら、あっという間に自宅のマンション前に着いてしまった。
 マンション前で鷹條は一緒にタクシーを降りてくれた。

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