遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
1.これって出逢いじゃないの?
『ぶつかった肩が痛い』
 男性はそう主張し、亜由美をじっと見ている。ちょっと嫌な感じの視線だった。

 けがをさせてしまったということだろうか?
 いや、そこまでの勢いでぶつかった覚えはない。

 それによく見ると男性は結構がっしりしているし、亜由美がぶつかった程度でけがをするようには見えない。けれど、そんなことを言い返せる立場でもない。

 ──どうしよう? 治療費を渡せってこと?

 亜由美には今は謝ることしかできなかった。
「すみませんでした」
 そう言ってまた頭を下げる。

「あのさあ、謝れば済むって思ってんの?」
 じゃあ、どうすればいいの?

 困った亜由美はもう心の中で泣きそうになっていた。
 その時二人の間に割って入る声があったのだ。

「わざとじゃないですよね?」
 頭を下げていた亜由美の視界に黒い革靴が入ってきた。

 亜由美が顔を上げると背の高いキリリとした顔立ちの男性が、腕組みをして亜由美に因縁をつけてきた男性を真っ直ぐ見ていたのだ。

 意思の強そうな眉と涼し気な目元。少し薄めの唇は引き締められきゅっと結ばれていて彼がお世辞にもご機嫌ではないことが分かる。

 爽やかに整えられた髪型と、シャープな顔の輪郭にも見惚れそうだ。真っ黒なスーツと黒いネクタイはなかなかに迫力がある。

 もちろん知らない人だった。

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