遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 ──かと言ってナンパできる立場ではないしな。
 公僕である鷹條の立場は微妙だ。

 治療を終えた帰り際、鷹條は香坂に腕を引かれたのである。

「なんだ?」
「彼女、すごく可愛い。それにとても素直で、美人だし好みだ」

 なぜそんなことを俺に言うんだ?
「誘っていいか?」
「ダメだ」

 反射的にそう口にしていた。香坂は口の端をにっと引き上げていた。

「ふぅん? それはなぜ? 彼女が既婚者でもなくて、彼氏もいなくてフリーだったら、別に誰がアプローチしてもいいんじゃないか?」

 鷹條は彼女が今、家族も頼るものもなく一人だということを知っている。

「とにかく、ダメだ」
「お前の許可は要らないよ。お前はお前で好きなようにすればいいだろ。今ハッキリ言ったのは、明確にしておきたかったからだ」

「何をだ? ライバルだとでも言いたいわけか?」

 鷹條は自分でそれを言って、香坂の表情を見てからしまったと思った。
 香坂は何を明確にするとは一言も言っていない。

 焦るあまりに鷹條は先走って香坂をライバルだと口走ったのだ。
「ま、僕は『何を』とは言っていないよ?」
「そうだな」

 歯噛みしたいような気持ちだ。
 香坂とは学生時代からの付き合いであることもあって、つい地が出てしまうし、鷹條のことはある程度分かっている。

< 40 / 216 >

この作品をシェア

pagetop