遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 営業課担当ではなく、おそらく一条のファンの一人なのだろう。

「営業社員は忙しいんだし、忙しい社員のために計上を手伝うくらいはいいんじゃないの? 杉原さん、融通が利かないって言われてるの、知ってる? 少しは気を利かせてもいいんじゃない?」

「じゃあ、あなたが計上を手伝えば?」

 亜由美に向かって言い募っていた女性社員の、さらに後ろから奥村の低い声が聞こえた。

 打ち合わせで席を外していたが戻ってきたものらしい。奥村は手の上にパソコンを乗せて立ったまま、冷ややかに女性社員に向かって口を開いた。

「一人にそれを許したら、みんなの分もやらなきゃ不公平でしょ? システム計上でさえいい加減で科目の間違いも多いし、それを訂正する作業だけでも大変なのよ。知っているでしょ?」

 奥村は声を荒らげる訳ではないが、淡々と亜由美の前に立っていた女性社員に向かって話す。

「一箇所訂正するとすべてを訂正しなくてはいけない。あなたが受けるの? それならそのように課長に言います」

 それは非常に手間のかかる作業だ。この女性社員が対応するとはとても思えなかった。
 奥村は真っすぐにそう言い切って、静かに見つめ返す。その言葉を聞いて、女性はぐっと黙った。

 亜由美は二年目の社員だが、奥村の社歴は十年を超えている。
 亜由美に文句を言っていた社員よりも、ずっと先輩なのだ。見た目は若く見えるけれども。

「それは、いいです」
「杉原さんは私が指導社員なので言いたいことがあるなら、私に言ってくださいね」
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