遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 怖くて、一瞬で血の気が引くような気持ちになった。
「な……なんですか?」

 一条は亜由美の目の前まで歩いてきて、立ちふさがる。
「お前、何で俺のことばっかり目の敵にするわけ? それで気を引いているつもりかよ?」

 気を引いている? 何を言っているのだろうか。
「気なんか引いてませんけど」

 バッグを肩から下げて、オフィスカジュアルの亜由美を上から下まで見た一条が口を開く。
 そして、軽く笑った。

「そうしてたら、お前って結構美人じゃん? 安心しろよ。そんな風に気ぃ引かなくたって付き合ってやるからさ」

 この男は一体何を言っているのだろうか?
 どうしていつも亜由美の言葉を分かってくれないんだろう?
(私、ちゃんと日本語を話しているわよね?)

「あの、本当に止めて下さい」
「駅前のタワーでフレンチを奢ってやる。いいからついてこい」
 そう言うと一条は亜由美の手を掴む。

 一条に強引にそんな風に言われたら、ふらふらとついて行く女子は多いのだろう。

 けれど、亜由美は到底そんな気持ちになれない。
 なぜ分かってくれないのだろうか。

「いいから来いよ」
 手を掴まれて怖くて、亜由美は全身の毛がそそけ立つ。

「やだっ!」
「何してるんだ!」
 その声は聞き覚えのあるものだった。
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