遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 ただ、分かるのは印象に残りそうな美形であることと、割と背が高い亜由美を見下ろすことができるくらいの長身で、亜由美を助けようとしてくれているということだ。

 しかし、そんな彼にも男性は怯まなかった。
「あんた何にも知らないだろう? こいつ、ぶつかってきたんだよ。俺はぶつかった肩が痛いんだ」

 こいつ、と男性は亜由美を指さしてそう主張する。
 彼は面倒そうに軽くため息をつくと淡々と男性に向かって口を開いた。

「俺はあなたの後ろにいたんですよ。ぶつかったのも見ていたが、わざとじゃなかった。どうしてもと言うのなら駅構内にも防犯カメラはあるはずだから、一緒に駅員のところに行きましょう」

 柄の悪そうな男性にも彼は全く怯むことがなかった。周りにたくさんの人がいたけれど見て見ぬふりをしていたのだから、足を止めてなおかつ声までかけてくれるとは相当に親切だと言える。

 しかもそれだけでなくしっかりと意見を伝えてくれた。
 彼に言われたことが男性にとって都合のいいことではなかったのかもしれない。

「もういい。気をつけろよな!」
 男性は先ほどまでの亜由美に対する強気な態度を覆し、そう吐き捨てるように言ってさっさとその場を立ち去った。

 ──た……助かった……。

 男性に威圧的に絡まれてしまったことはとても怖いことだった。

「ありがとうございます」
 亜由美は今度は助けてくれた彼に向かって頭を下げる。
「いや、いいですよ。運が悪かったですね」

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