遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 がっしりとした男性はにこにこしながら、言葉を続けた。

「職務の執行の際は提示することになっています。つまりあなたを今、現行犯で逮捕しましょうかってことです」
「そんなことしてもいいと思ってるのか?」

「いいんですよ。彼女は嫌がっていて抵抗していましたし、手を掴むのも暴行罪です。あなたはよく分かっていないようですけれど、ここで現行犯逮捕されれば、留置場に収容されて事件と身柄を検察庁に送致されます」

 亜由美を抱いて離さない鷹條と、その身体のがっしりした男性に挟まれて、一条は完全に怯んでいた。

「当然、収容中は出社なんてできませんからね。勾留が決まれば、十日以上収監されます。規律正しい生活ができますよ」

 表情はにこやかだが、話の内容はとても怖い。

「そ……そんなつもりは……」
 急に真っ青になって、一条は足早に去っていった。

 その間も鷹條は亜由美を腕に抱いたままだ。
「逃げ足の早い男ですね」
 一条を見送って、男性は鷹條と亜由美に向かって苦笑して見せた。

久木(ひさき)係長、ありがとうございます」
「いいえ。もともと鷹條くんは表情に乏しいタイプですけど、そんな君が怖い形相をして早足で歩いていくから何事かと思いましたよ」

 そう言って久木と呼ばれた男性は鷹條の腕の中にいる亜由美をじっと見ている。

 そうして亜由美ににっこりと笑いかけた。
「この人も逮捕しますか?」

 慌てて亜由美は鷹條の服の袖をきゅっと掴む。
「ダメですっ!」
 久木はそれを見て笑った。
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