遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 照れたような顔で笑って、軽く手を挙げて去ってゆく鷹條を亜由美はぼうっと見ていたのだ。

(だ……抱き寄せられたっ。頭、ぽんってされちゃった。今はって? それにあんな顔、ズルいわ)

 一条に腕を掴まれて怖い思いをしたことなど、ぶっ飛んでしまうほどの出来事だった。


「杉原さん、ちょっといいかな?」
 会社に戻った亜由美は課長に呼ばれて、ミーティングスペースに移動する。

 同じフロアにはあるけれど、パーテーションで仕切ってあるので、みんなが軽い打ち合わせで使う場所だ。

 そういえば、伝票の件は営業部から正式に申し立てる、と一条は言っていたけれど。

「午前中の件を聞いてもいいかな?」
「はい」
 課長の向かいの席を指さされて、亜由美は椅子に座った。

「悪かったね。僕が不在の間に嫌な思いをさせてしまったみたいで。営業部の課長から申し入れもあったし詳しく聞きたいんだ」

 鷹條のおかげで落ち着いた気持ちになっていた亜由美は、起こった出来事をありのままに課長に伝えた。

 課長は時折メモも取りながら、真剣に話を聞いてくれていた。
「なるほど……ね。まあ、だいたい他からヒアリングした内容とも変わらないね」

「すみません」
「謝らなくていいよ。対応が間違っていたって訳ではないんだ。一条くんは……とても仕事が出来る社員なんだけど、少し問題も多くて」

 そんなことは亜由美は知らなかった。
 一条はイケイケで優秀な営業社員だと聞いていたし、実際数字も上げていると聞いている。

 実績があるから、あの態度なのだ。
 まあ、それもどうかとは思うけれど。
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