遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 鷹條だっていつもは黒スーツだが、今日は柔らかそうな素材のブルーグレーのジャケットを羽織っている。
 ジャケットの中には黒のTシャツを着ていて、オフホワイトのパンツを履いていた。スタイルの良さも際立ってとてもよく似合っている。

 黒スーツとはまた雰囲気が全く違って亜由美もドキドキしてしまった。

「鷹條さんも、普段のスーツとは全然雰囲気が違うんですね」
 鷹條がじっと亜由美のことを見ていた。

(おかしくはない……わよね?)
 せっかくのデートなのだし、メイクもいつもよりちょっと華やかなカラーにしてしまった。

 亜由美をじっと見つめる鷹條は本当に端正な顔で、今日は今まで見たこともないような恰好をしているし、そんなにじっと見られたら困ってしまう。

「亜由美……」
 その時鷹條の口からこぼれたのは亜由美の名前だ。

 きゅんどころではなかった。胸をぎゅっと掴まれたかと思うくらいどっきりした。名前を呼ばれた瞬間に真っ赤になった自覚がある。

「名前で呼んでいいか?」
「あ、もちろんです。あの! 私も名前で呼んでいいですか?」

「呼んでほしいし、敬語はやめてほしい」
「分かりました」
 その時鷹條の指が亜由美の頬をつん、とつつく。

「敬語はやめる。俺の名前、千智(ちさと)だ」
「千智さん……」

「はい。よくできました」
 そう言って鷹條は亜由美に手のひらを向けて差し出した。手を繋ごうということだろう。
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